韓国に入国し、空港の建物を出て、電気自動車の多さに驚いた。
車種も車名もまったくわからないが、とにかく静か。次々とクルマが入ってくるのに、低いエンジンの唸りがない。空港バスまで静かに滑り込んできて、これも電気自動車なのかと目を疑った。
音がないというのは、こんなに違和感のあるものかと…
今回はソウル市内に行っていないので、韓国全体の電気自動車の普及率はよくわからないが、インチョン空港近辺は電気自動車で溢れていた。
 
大連の空は、澄んでいるらしい
同行したクライアントは、中国・大連へ出張で足を運ばれる機会が多い方。その大連でも、今ではほとんどの車両が電気自動車になっているとのこと。私自身も十年ほど前に仕事で大連を訪れたことがあります。そのときの記憶といえば、街全体が黄色く淀み、息を吸うのがためらわれるような、独特の重たさがありました。それが今では、電気自動車の普及とともに空気も澄み、環境がかなり変わっているのだそうです。
十年で街の空の色が変わる。これは、なかなかの話です。
 
日本でもハイブリッド車はずいぶん増えました。街を走るクルマの構成は、確実に変わってきています。ただ、電気自動車の普及率という一点で見ると、進んでいるとはお世辞にも言えない。
中国も韓国も、車両そのものより、充電インフラの整備が先行しているのでしょうか・・。クルマが増えたから設備が追いついたのか、設備があったからクルマが増えたのか。おそらく順番はひとつではないのでしょうが、少なくとも「充電できる場所がない」という不安が普及の足かせになっていないのは確かなように見えました。
 
ここからは、まったくもって個人的な話。
昭和生まれ、内燃機関バリバリ世代の自分は、エンジンの鼓動、マフラーから抜けていく音に痺れて育ってきました。静かなクルマというのは真逆の存在。
それでも、昨今の温暖化がもたらす災害の報道を目にするたびに、地球環境に優しい乗り物の必要性は、理屈ではなく肌でひしひしと感じます。好き嫌いと、必要かどうかは、別の話なのでしょう。
 
環境が人を変えるというのは、半ば洗脳のようなもの。
正直なところ、韓国車のデザインを軽視していたところもありましたが実際に街を走る姿を見ると、現代的で、近未来的な佇まいの車両を数多く見かけます。格好いいと思えるものがあったのも事実。
クルマの街に身を置く自分としては、この変化をどう受け止めるべきか、考えさせられました。
まだまだ抵抗があります。エンジン音を手放す覚悟はありません。それでも、近い将来、日本でも内燃機関の車両に乗っていると肩身が狭くなる日が来るのかもしれません…
「電気自動車の世界も、いいじゃない・・・?」
 
 
クライアントと韓国へ出張。
出発前に「SESって知ってますか?」とお聞きしていたこともあり、せっかくの機会なので現地で実際にSESの新規登録に…
SESとは何か
SESとは Smart Entry Service(スマートエントリーサービス) の略で、韓国法務部が運営する自動出入国審査システム。
イメージは、日本の空港にある顔認証ゲートの韓国版。パスポート情報に加えて、指紋と顔写真をあらかじめ登録しておくことで、次回以降は入国審査官のいる有人カウンターに並ばず、自動化ゲートを通過するだけで入国手続きが完了します。
これまでSESは、韓国籍の方や外国人登録証をお持ちの長期滞在者、あるいは一部の国籍の方だけが利用できる仕組みでしたが2025年12月1日から、日本国籍の渡航者も利用できるようになりました。2026年3月からは対象国が大幅に拡大され、現在は日本を含む42の国・地域が対象となっています。
登録の主な条件
①17歳以上であること
②有効なパスポートを所持していること
③登録に費用はかからない(無料)
④有効期限は、登録から5年またはパスポートの有効期限のいずれか短い方まで
⑤パスポートを更新した場合は、再登録が必要
なお、出国時の自動ゲートはSES登録の有無にかかわらず利用できますので、SESの恩恵を最も感じられるのは入国時ということになります。混雑する時間帯の仁川空港では、入国審査に1時間以上かかることも珍しくないと聞きますので、これは大きなメリット。
 
いざ現地に着いてみると、最初の関門は「そもそもどこで登録するのか」でした。
案内表示を探してもよくわからず、空港の職員の方に尋ねてみたところ、返ってきた答え「まずは一般の外国人レーンに並んでください」
一般のレーン? 登録手続きはどこか別の窓口でやるものだとばかり思っていたので、正直「本当にこれで合っているのだろうか」と半信半疑のまま、外国人レーンの長い列に並びました。
順番が回ってきて、審査官にSESの登録をしたい旨を伝えると、それだけできちんと意図が伝わり、その場で登録手続きをしてもらうことができました。
指紋と顔写真を登録し、最後にパスポートの裏面にSESのシールを貼付してもらい手続きは完了。時間はかかりませんでした。
初回だけは通常の入国レーンに並び、入国審査そのものと、SESの登録手続きを同じ窓口でまとめて行う、という仕組みでした。あらかじめ知っていれば迷うこともなかったのですが、これから登録される方の参考になればと思います。
(※登録できる場所や運用は変わることがあるようです。仁川空港では入国審査場内のブースで案内されることが多いようですので、現地では「Smart Entry Service」「SeS」といった表示を探し、わからなければ職員に尋ねるのが確実だと思います。)
 
これから登録される方へ、いくつかのポイント
①初回は通常の入国レーンでOK。 審査官に「SESに登録したい」と伝えれば手続きしてもらえます
②登録の際に多少時間がかかるため、少し余裕を持って。とはいえ数分程度でした
③パスポートの裏面にシールが貼られます。 これが登録済みの証です
④登録は初回のみ。 次回以降はSES専用レーンから通過できます
⑤電子入国申告(e-Arrival Card)の扱いについては情報が分かれています。 SES登録者は不要という案内も見かけますが、必要とする情報もありますので、渡航前に最新の情報をご確認いただくのが安全です。
今回、私は事前にe-Arrival Cardの登録をしていきました。
韓国は日本から近く、ビジネスでも観光でも訪れる機会の多い国。SES専用レーンからスムーズに入国できるならとても便利。
韓国へ渡航される機会のある方は、ぜひ一度の登録をご検討されてはいかがでしょう。手間は初回の数分だけ、費用もかかりません。それで以後5年間の入国がぐっと楽になるのですから、費用対効果はかなり高い制度だと思います。
 
久しぶりに劇場へ足を運んだ。観たのは『ラスト・サバイバー』リドリー・スコット監督、ピーター・ヘラーのベストセラー小説の映画化である。
謎のパンデミックによって人口の大半が失われ、生き残った者同士が奪い合う荒廃した世界。主人公はパイロットのヒッグ。妻を亡くし、心の拠りどころは愛犬ジャスパーと亡き妻の記憶だけ。元軍人のバングリーと共同戦線を張りながら、襲撃に怯える日々を送っている。
そんなある日、無線を通じて謎の声が届く。世界の終わりにもまだ希望が残されているのかもしれない――そう考えたヒッグは、その声に導かれるように未知の空へ飛び立つ決意を固める。だがその先に待っていたのは、凶暴な動物と容赦ない襲撃者がはびこる、殺すか殺されるかの現実だった。
番宣を見て、私は期待していた。パンデミック後の世界を生き抜く「術(すべ)」が、リアリティをもって描かれるのだろうと。極限状態のなかで人と人が支え合い、互いの窮地を乗り越えて生きていく――そんな人間味あふれる前向きな映画を思い描いていた。
正直に書く。内容は安っぽかった。
まず、本編がいつ始まったのかがわからない。時間がどう流れているのかも、さっぱりつかめない。導入なのか本筋なのか判然としないまま画面が進んでいく。
途中から現れる敵も奇妙だった。一昔前の特撮に出てきたショッカーの戦闘員のような集団が、突然湧いて出る。彼らが何を目的に、何を求めて襲ってくるのか、最後まで説明されない。ただ「襲ってくる存在」としてそこにいるだけだ。
そして全編のほとんどを占めるのは、パンデミック後の人間の欲望と醜さである。奪い、疑い、殺す。それが延々と続く。
観終わって思い出したのは、現実の災害のことだった。
熊本地震、千葉県の洪水、福井県の豪雨。さらにはネパールで氷河が溶けて発生した土石流の被害。パンデミックとは性質が違うけれども、各地で災害は起き続けている。
そしてその後の復興の現場では、皆が力を合わせて協力し合っている。泥をかき出し、物資を運び、見ず知らずの人が炊き出しに並ぶ。その姿にこそ、人の優しさが垣間見える。極限状態で立ち上がるのは、欲望だけではないはずだ。
『ラスト・サバイバー』が描いたのは、そのちょうど裏側だった。
作者は何を伝えたかったのか
もちろん、原作を読んでいないので、その真意はわからない。



荒廃した世界の暗部を描くこと自体が悪いわけではない。人間の弱さを直視する作品にも意味はある。ただ、2時間あまりの画面から、私にはその先にあるはずのものが伝わってこなかった。

作者は、監督は、いったい何を伝えたかったのだろう。
久しぶりに観た、奇妙な映画だった。
納車されたばかりの新車。ランボルギーニ・テメラリオ。知人の車です。
低く長く、路面に張り付くシルエットに、圧倒されました。昭和生まれの自分にとって、ランボルギーニはスポーツカーではなくあくまで「スーパーカー」。子どもの頃にみたカウンタックの記憶が未だ脳裏にある。
テメラリオは、長く愛されたウラカンの後継として登場したモデルだそうです。車名はかつてマドリードで活躍した闘牛に由来し、スペイン語で「向こう見ずなほど勇敢」といった意味を持つとのこと。新開発の4.0リッターV8ツインターボ。これ単体で800馬力を発生し、さらに3基のモーターが組み合わされたハイブリッドシステムの繰り出す総合出力は920馬力。0-100km/h加速は2.7秒、最高速度は343km/h…もはや現実感がない。
レブリミットが10000回転。ターボを背負ったまま1万回転まで回り切る市販エンジン、過給機付きの高回転型という、本来なら相反するものを同居させている。ハイブリッド化はどうしても重量増につながりますが、カーボンパーツをふんだんに投入して軽量化。あちこちに炭素繊維の織り目が覗いていました。乾燥重量は1690kg。
運転席には座らせていただき、エンジンを始動。おそるおそるアクセルを煽ってみると――言葉では到底表現できません。シートを通して背中まで震えが…いいものを見せていただきました。 
  

早起きして朝食を済ませ、とうもろこしとブルーベリーを買いに相棒に跨って国道153号線を北上。8月終盤の午前8時だというのに、とんでもなく暑い。

伊勢神トンネルを抜けると、気温がわずかに下がった気がする。まずは道の駅「どんぐりの湯」へ立ち寄った。ピーク時に比べれば、車もバイクも左程混んではいない。目当てのとうもろこしとブルーベリーは無事ゲットしたものの、全然涼しくない。

てなわけで、さらに北へ・・。

根羽村を横目に走り抜け、平谷村の道の駅「ひまわりの湯」に到着。ようやく気温は27度まで下がった。22〜25度だった北海道が、早くも懐かしくなる。ここでも地元産のとうもろこしを購入。少しシーズンを外しているので、果たして味はどうだろうか。

予定ではこのまま飯田まで抜けるつもりでいたところ、「孫が来る」との着信。予定を切り上げ、急ぎ来た道を引き返した。

往復4時間弱のプチソロツーリング。久しぶりに愛車を走らせて、いい汗をかきました。買ってきたとうもろこしをタイミング良く孫にも渡すことができて、何よりの一日でした。

少し涼しくなった頃、次回はビーナスライン辺りに相棒と出かけたい・・

 

 

 

 

北海道もいよいよ最終日。今日の目的地は、ただ一つ。競走馬の聖地とも言える新冠を訪ねること
昨年はドラマ「ロイヤルファミリー」も人気になりました。自分はといえば、小学生の頃に競馬場が近かったこともあり、競走馬と出会ってから半世紀以上が経ちます。その時々に、数多くの名馬がいました。いつか一度は、彼らが生まれ育つ土地を自分の目で見てみたい。今日はその日です。
富良野を出発し、サラブレッド銀座を目指す。南富良野を過ぎたあたりからアップダウンのある山道を抜け、日高路へ。内陸の峠道から、やがて牧場の広がる丘陵地帯へと、景色が少しずつ変わっていきます。
サラブレッド銀座六丁目から入り南下すると、右手に優駿メモリアルパーク、優駿記念館。
ここにはオグリキャップが眠る墓があります。あの勇姿の数々、そして思い出の品々が展示されていました。地方から中央へ駆け上がり、最後の有馬記念であの走りを見せた馬が、いまこの静かな牧草地の一角で眠っている。しばし、足が止まりました。
 
 

 

 

メモリアルパークを後に車を走らせると、サラブレッド銀座も五丁目、四丁目、三丁目……。右手も左手も、ひたすら牧場が続きます。観光用に一丁目から六丁目まで、各丁目の境に看板が立てられていて、自分がいまどのあたりを走っているのかがわかる仕掛け。

サラブレッド銀座の入口には駐車公園が整備されていて、牧場を一望できる展望台や馬蹄型のベンチ、レストハウスなどがあります。日高ビューポイントにも選ばれている、絶好の撮影スポット。
一丁目まで来たところで駐車場に車を停め、展望台から眺めてみました。壮大です。緑の丘がどこまでも続き、その中に牧柵の線が幾何学模様を描いている。
近くにお馬さんがいたので、カメラを向けました。可愛い目をしています。自分は、馬の目が大好きなのです。あの深く濡れたような目に見つめられると、こちらの気持ちまで見透かされているような気がします。
  
 

 

十分に目的は果たすことができました。新ひだか、日高……競走馬の生産地。新千歳へ向けて走り始めたものの、しばらくはこの地の風景と風情を堪能していました。

日高を後に、苫小牧から新千歳へ向かう途中、海岸沿いを走りながら、あらためて北海道の良さを感じました。四日間、行く先々で違う顔を見せてくれた土地です。
せっかくこのルートを通るならと、苫小牧にある取引先の工場に立ち寄りました。夏季休暇中なので当然誰もいませんが、久しぶりに工場を拝見して。旅の途中に仕事の顔が少し覗く、これも自分らしい旅の締めくくりかもしれません。
そして、新千歳に到着。四日間、目一杯北海道を堪能しました。
新千歳空港に着くと、東京・成田便について「天候不良のため、着陸不能の場合には名古屋か新千歳に引き返す可能性があることをご了承ください」とアナウンスが流れていました。
それを聞いて、はっとしました。台風が来ていたのだと。北海道にいる間、そんな気配は全く感じることがありませんでした。皆さんが無事帰宅できることを祈ります。
四日間の総走行距離は、1290.6キロ。
今回の旅は、本当に天候に恵まれました。6月に台風で断念したバイク旅のリベンジのつもりで出発しましたが、その6月の借りを返すどころか、お釣りが来るくらいの好天続きでした。晴れ男の面目躍如。
ひまわりの丘、日本海に沿う果てしない直線、日本最北端の岬、オホーツクの海、丘を彩る花畑、そして競走馬の生まれる牧場。北海道という島の広さを、ハンドルを握りながら体で覚えた四日間でした。
最後にひとつ。宗谷岬で見たあのバイクの群れが、まだ目に焼き付いています。また、いつの日か。今度はバイクで、北の大地を走りたい・・・
北海道三日目は、網走スタート。今日は網走から西へ、美瑛・富良野を目指します。初日、二日目とかなりの距離を走ってきましたが、予定では今日が一番長い道のりです。
宿を出てしばらく走ると、網走刑務所の看板。右手を見ると、確かに刑務所がそこにありました。
今朝の網走は気温18度。オホーツク海に面しているせいでしょうか、かなり冷え冷えとします。ここでのお勤めは、冬場はさぞ厳しいのだろうと、つい考えてしまいました。

 

 

 

網走を遅めに出発したので、美瑛の四季彩の丘に着いたのは13時を回っていました。

北海道に着いてから色々と回ってきましたが、どこも混雑らしい混雑はありませんでした。ところがここは、溢れんばかりの観光客で賑わっています。中でも台湾、韓国から来られた方が多い印象でした。

実は今春にもここを訪ねているのですが、そのときは季節外れで、正直なところ殺風景な美瑛でした。それがハイシーズンとなると、この華やかさ。色鮮やかな花々が丘の起伏に沿って帯のように咲きほこり、壮観のひと言です。同じ場所でも、季節が違えばまったく別の顔を見せる。北海道の懐の深さを思い知らされました。

四季彩の丘を後にして、次は富良野の富田ファームへ。
こちらも観光バスが立ち並び、大変な賑わい。四季彩の丘同様、色々な種類の花が目に鮮やかでした。ただ、富田ファームの一番の見どころであるラベンダーは、既にシーズンが終了していたのが少し残念。
 

それでも少しはラベンダー気分を味わおうと、ラベンダーソフトクリームを。淡い紫色のソフトが、この場所の名残を伝えてくれました。花は終わっても、香りは味わえる。それもまた一興です。

今日のメインは四季彩の丘とファーム富田でしたが、長距離移動そのものも収穫でした。昨日とは違った風景が次々と視界に飛び込んできて、海岸沿いとはまた別の、内陸の北海道の壮大さを感じます。オホーツクの海から、丘陵の畑作地帯へ。同じ島の中で、こうも景色が変わるものかと。

17時前に富良野の宿に到着しました。

宿の前には、映画「鉄道員(ぽっぽや)」を模した「富良野・ドラマ館」と掲げられた売店があり、「北の国から」などの懐かしい写真やグッズが並んでいました。国鉄時代の駅の備品や、「滝川↔富良野↔東鹿越」の行先板。往年のJR北海道のポスターまで。
 
 

「北の国から」は1981年から2002年まで放映されました。田中邦衛さんの名演技が懐かしい。あの雪の中の五郎さんの姿を思い出しながら、しばし店内を眺めていました。

三日間の走行距離は1100キロを超えました。今日も好天に恵まれ、最高気温でも25度くらい。快適すぎて、酷暑という言葉を忘れそうになります。
今夜は早めに休みます。明日はいよいよ最終日。帰りの飛行機までの時間、目一杯楽しみたいと思います。
北海道旅の二日目。稚内の宿で朝食をとり、8時に出発しました。今日は日本最北端を踏んで、オホーツク海沿いをひたすら南下する一日。
まず向かったのはノシャップ岬。灯台の手前にあるウニ丼の店には、開店前からすでに行列ができていました。ここの朝食を目当てに来ている人たちなのでしょうか。朝からウニ丼というのも、なんとも北海道らしい話です。
その行列を横目に、岬の駐車場へ。日本海を背にイルカのモニュメントが跳ね、右手には紅白の灯台。空は文句なしの青。旅の二日目も、どうやら晴れ男の面目は保たれたようです。

 

 

宗谷岬 ― 今回の旅、一番の目的地

そして、今回の旅で一番の目的地、宗谷岬へ。言わずと知れた日本最北端の岬です。
現地にはダ・カーポの「宗谷岬」が流れていて、これがまた情緒をかき立てます。写真で幾度も見てきた最北端の地のモニュメントを、いま自分の目で見ている。素直に感動でした。近くには樺太を目指した間宮林蔵の像が、海の彼方を見据えて立っています。
それにしても、バイカーの多いこと。駐車場にはずらりとバイクが並んでいました。6月に台風さえ来なければ、自分も愛車と共にこの地に立っていたはずだと思うと、なんとも感慨深いものがあります。四輪で来た自分が言うのもなんですが、ここは確かに、走ってたどり着きたくなる場所です。
ホタテ貝でできた「白い道」までは足を延ばせませんでしたが、それはまた次の宿題ということで。
 
 

宗谷岬を後に、海岸沿いを南下。海岸沿いの景観は、これまた最高。

そしていよいよ信号も電柱もない牧草地の直線ロード、エヌサカ線へ。これが壮大でした。緩やかな丘を越えて視界の果てまで一本の道が伸びていく光景は、写真で見るのと実際に走るのとではまるで違います。誰もが一度は通りたくなる気持ちが、走ってみてよくわかりました。

途中、猿払の道の駅に立ち寄って昼食。ホタテカレーが絶品でした。地元の名産を、その土地で食べる。旅の贅沢はこれに尽きます。

クッチャロ湖畔では、キャンプを楽しむ家族連れが多く見られました。ラムサール条約の登録湿地でもあるこの湖、静かな水面と広い空がとにかく心地よい場所です。
 

枝幸、雄武と海沿いを南下し、サロマ湖に着く手前から小雨がぱらつき始めました。サロマ湖を横目に走り抜け、今夜の宿がある網走へ。

雨は上がったものの、曇り空のせいか街全体がどこか薄暗く感じられます。稚内の昭和の夜とはまた違う、オホーツクの街の顔でしょうか。
晩ごはんは、網走駅近くのヴィクトリアでハンバーグ。人気店かどうかは知らずに入ったのですが、店を出るときには結構な数の客が並んでいました。当たりだったようです。
 

無事に宿へチェックイン。今日の移動距離は350キロほど。

今日は本当に、あらゆるところでバイカーに出会いました。峠でも、道の駅でも、岬の駐車場でも。
驚いたのはBMWの多さです。そしてその中に、自分が2年ほど前まで乗っていたGSアドベンチャーの姿を見つけました。すれ違いざまに、あの車体を目で追ってしまう。乗っていた頃の感覚が、体のどこかにまだ残っているのだと思います。
 
明日は層雲峡に立ち寄って、南富良野を目指します。オホーツクから内陸へ、景色ががらりと変わる一日になりそうです。
今日からお盆休み。カレンダーに「休」の文字が並ぶこの数日を、今年は北海道で過ごすことにしました。

中部国際空港セントレアを7時15分に発つ便で、新千歳空港へ。空の上から雲海の切れ間に海岸線が覗くのを眺めているうちに、あっという間に北の大地です。空港でレンタカーを借り受け、そのまま道央道を北へ走らせました。

目指すは北竜町。ここに従兄弟が住んでいて、「ひまわりの里」で待ち合わせの約束をしていました。
視界いっぱいのひまわり

北竜町のひまわりの里は、噂に違わぬ壮観でした。あいにく空はどんよりとした曇り空でしたが、それがかえって黄色を濃く見せてくれたようにも思います。丘の向こうまで途切れることなく続く黄色の絨毯。カメラの画角にはとても収まりません。「視界いっぱいのひまわり」という言葉が、これほどそのままの意味で使える場所もそうないでしょう。

 

久しぶりに顔を合わせた従兄弟と、花畑を歩きながらの近況報告。こういう時間のために遠くまで来るのだな、と思わされました。

留萌で味わう北海道の海の幸
ひまわりの里を後にして、昼食は従兄弟の案内で留萌の寿司屋「蛇の目」へ。地元の人に連れて行ってもらう店に外れなし、というのは旅の鉄則です。
旬のばふんウニは、まさに絶品。口に入れた瞬間にとろけて、甘みだけが残ります。牡丹エビ、イカ、いくら、タコ、大トロ、マグロ、ホタテ……北海道の海鮮を一通り堪能させてもらいました。海老の頭が丸ごと入った味噌汁まで、余すところなく美味しい。
 

腹一杯になったところで、従兄弟とは留萌でお別れ。ここからは、いよいよ一人旅の時間です。

オロロン街道を北へ ― 6月のリベンジ
実は6月に、バイクでの一人旅を計画していました。ところが台風の直撃を食らい、泣く泣く断念した経緯があります。今日はその、いわばリベンジ行程。
留萌からオロロン街道を、ひたすら北上します。左手にはどこまでも日本海。右手には牧草地。そして目の前には、地平線に吸い込まれていくような真っ直ぐな道。信号もなければ対向車も稀で、ときどきすれ違うライダーに手を挙げるくらいのものです。
晴れ男を自負している面目躍如で、天候は完璧でした。そして何より、外気温21度。8月の愛知を思えば天国のような数字です。窓を全開にして走る心地よさは、もう言葉になりません。
途中、いくつかの道の駅にも立ち寄りながらのドライブ。サロベツ湿原センターでは、木道の案内図を眺めつつ、ここが利尻礼文サロベツ国立公園の只中なのだと改めて実感しました。
 

スケジュール通り、19時前には稚内の宿に到着。

昭和が残る稚内の夜
晩ごはんはジンギスカンを食べる気満々で、事前にリストアップしていた店を覗いたのですが、まさかの満席。お盆の力を思い知り、潔く諦めて地元の居酒屋に変更しました。
これが結果的に大当たりで、隣の席の方が東京からお越しになった旅の方。「旅は道連れ世は情け」とはよく言ったもので、会話が弾み、思いがけず楽しい時間を共有させてもらいました。一人旅の醍醐味は、こういう偶然にあるのかもしれません。
店を出て歩いた稚内の市街地は、どこか昭和の時代がそのまま残っているような夜の街でした。ネオンの色合い、ビルの佇まい、路地の静けさ。観光地の華やかさとは違う、この土地で暮らしてきた人たちの時間の積み重ねが、街の空気に沈殿している感じがします。

 

 

 

 

そういえば、道中の施設に貼られていた「鹿はヤバイからね」という稚内警察署のポスターが妙に印象に残っています。体は重い、動きは鈍い、夜は見つけにくい――ユーモラスな見た目に反して、書いてあることは切実です。北の道を走るなら、心に留めておくべき警告でしょう。

明日の予定
明日はノシャップ岬から宗谷岬へ。日本最北端を踏んでから、オホーツク海側を南下して網走を目指します。
天気予報も良さそう。早起きして、明日に備えます。
10時過ぎ…名古屋駅から新幹線で新大阪、そこから御堂筋線を乗り継いで。今日は、いま何かと話題のミュージカル『愛の不時着』大阪公演千秋楽に足を選びました。
 

 

   

韓国ドラマとして大変な人気を博した作品。不時着という偶然から始まる出会い、そこに絡む家族や仲間たち、笑いあり涙ありの展開。エンターテインメント性の高い、よく練られた脚本だったという印象が強く残っていて、あれだけスケールの大きな物語を舞台という限られた空間でどう表現するのか、そこが観たくてチケットを予約しました。

もっとも、チケットは当日発券。座席がどこになるのか分からないまま会場に入ったのですが、開けてみれば十三列目。舞台全体が視野に収まり、それでいて表情もしっかり見える、たいへん良い場所でした。こういう巡り合わせがあると、それだけで一日の気分が違ってきます。
肝心の舞台は、期待を裏切りませんでした。映像作品の舞台化というのは、ともすると原作をなぞるだけになりがちですが、舞台には舞台の見せ方があり、生の歌声と音楽、転換で切り替わる場面の呼吸。映像では味わえない密度がそこにありました。客席の空気も印象的。おそらく東京公演をすでにご覧になった上で、この日の大阪まで足を運ばれた方が相当いらしたのではないかと思います。反応の速さ、拍手の起こるタイミング、そうしたものに「二度目、三度目」の空気が漂っていました。作品を本当に好きな方々に囲まれて観る舞台というのは、また格別。
この公演、主役を張るお二人をめぐって、作品とはまた違った意味での話題が世間を賑わせているようですが、本日最後の舞台挨拶まで、しっかりと見届けカーテンコールで並んだ出演者の皆さんの表情を見たら、下世話な噂話はどうでもよくなり…
帰りの新幹線に揺られながら、行ってよかった、と素直に思える一日になりました。