往復およそ220km。近すぎず遠すぎず、日帰りツーリングとしてはじつに「ちょうどいい」距離だった。
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昨日札幌入りして、今夜の千歳発の便で戻るという、ちょっとタイトなスケジュール。朝食を終えてさて今日はどうしようかと考えていたとき、ふと頭に浮かんだのが美瑛。一度行ってみたいと思っていた場所。せっかくだから思いきって行ってみることにした。
懸念はあった。冬の壮大な銀世界でもなく、ラベンダーが一面に咲き誇る6月でもない、この中途半端な時期に訪れて果たして楽しめるのだろうかと。ところが、いざ行ってみると、あちこちのスポットにはまだ残雪。それがむしろ独特の静けさと趣を醸し出し、これはこれで、今の時期にしか見られない美瑛だと思えてきた。
クリスマスツリーの木、青い池、白髭の滝、そしてケンとメリーの木。ケンとメリーといえば、もう何十年前の話だろう。あの日産スカイラインのCMで一世を風靡したポプラの大木が、今もあの丘にそのままの姿で立っている。それだけでも、なんだか胸にくる。美瑛駅の穏やかなたたずまいも印象的で、駅舎の前でしばらく時間を忘れ…そうそう、山々の美しさは格別だった。美瑛岳、美瑛富士、十勝岳と連なる峰々が青空のもとにそびえ、スマホをむけた。
移動は札幌から旭川経由の電車旅。車窓に流れる北海道の広大な風景を眺めながらの鉄道旅もまた格別だった。今夜の便で千歳をあとにするが、プライスレスな一日になった。
今朝は午前2時起き。目覚ましをセットしながら、それでも本当に起きられるか少し不安だったが、試合が始まる前にはしっかりテレビの前に陣取っていた。何といっても今夜の舞台は、イングランドサッカーの聖地「ウェンブリー・スタジアム」。あのピッチに日本代表が立つのだ。眠気など吹き飛ぶというものだ。
先日3月28日(日本時間29日)には、スコットランド代表(FIFAランキング38位)と対戦し1-0で勝利を収めた。途中出場のMF伊東純也(33歳=ゲンク)が後半39分に値千金の決勝ゴール。チームに勢いをつけた状態で、今日の大一番を迎えた。
試合が始まると、イングランドのボールポゼッションが日本をはるかに上回る展開が続く。さすがはワールドカップ優勝候補、個の力も組織力も一枚も二枚も上手だ。それでも日本は怯まない。自陣でしっかりブロックを敷き、機を見てカウンターへと転じる。そのカウンターが鮮やかに決まった瞬間が訪れた。三笘薫が右から左へとボールを運び、絶妙なタイミングで左サイドの中村敬斗へ送る。中村の正確なクロスが中央に舞い込むと、走り込んだ三笘がインサイドで流し込み、イングランドの守護神ジョーダン・ピックフォードを見事に破った。思わず声が出た。
今日の試合、個人的に最も輝いていたのは中村敬斗だ。左サイドでボールを持つたびに脅威を生み出し、ゴールに直結するアシストでチームに大きく貢献した。若い力がこれほど頼もしく見えた試合はそうそうない。
終盤にかけてイングランドの猛攻が続いた。体格差、スピード、圧力……あらゆる面で上回る相手の攻撃を、日本は粘り強く体を張って守り続けた。そして試合終了のホイッスル。1-0。イングランドとの対戦は実に16年ぶりだというが、その歴史的な一戦を日本が制した。
同じ時刻に行われていたスウェーデン対ポーランドの結果を受け、6月のワールドカップ本番でのグループステージ対戦相手はスウェーデンに決定した。強敵が待ち受けるが、今の日本ならば怖くない。昨年のブラジルからの歴史的勝利に続き、今朝また世界に衝撃を与えた。早起きした甲斐が十二分にあった。6月の本番がいまから待ち遠しくてならない。日本サッカー、最強。
大方の予想通り、侍ジャパンは東京ラウンドを4連勝で締めくくり、マイアミの決勝ラウンドへと旅立った。大谷翔平という「神様」がいるのだから、対戦相手を簡単にねじ伏せてくれると思っていた。確かに初戦の台湾戦は13対0のコールドゲームで、その予感は現実になったかに見えた。しかし蓋を開けてみると、韓国戦は8対6、オーストラリア戦は4対3の逆転勝ちと、勝ちはしたものの一筋縄ではいかない試合が続いた。世界の野球は、想像以上に日本との差を詰めていた。
ネットフリックスで配信された『教場 Reunion』を観た勢いそのままに、映画館へ足を運び後編『教場 Requiem』を鑑賞してきた。前後編を通じて伏線が丁寧に回収されていく構成は健在で、それなりに楽しめる作品だったのだが、いかんせん前後編ともにたっぷりとした尺で、映画館の椅子に座り続けた腰はしっかりと悲鳴を上げた。これはもう映画の評価とは別の話である。
主演の木村拓哉さんが演じる風間公親教官は、あの柔らかな笑顔のイメージを完全に封じ込めた、静かで冷徹な人物だ。感情を表に出さない、むしろ表情で相手を試すような眼光は、スクリーン越しでも十分に圧がある。「キムタク」として一世を風靡してから、いったい何年が経つのだろうと、ふと考えた。かつてテレビには「あの人は今」を追いかける番組があったが、彼にはそんな言葉はまるで似合わない。今もなお第一線で、しかも以前より深みのある顔をして、画面の中に存在している。
共感できるとすれば、それは「今を生きている」という一点に尽きる。過去の栄光を引きずるでも、懐かしまれるままでいるでもなく、今この瞬間の役に全力で向き合っている姿。年齢を重ねるごとに格好よくなっていく人間というのは本当に稀で、私が敬愛する矢沢永吉さんにも通じる何かがある。上に永ちゃん、下にキムタク——そういうスターの系譜というものが、確かにある。
バラエティ番組で見せる屈託のない笑顔も素敵だが、教官という抑制の効いた役どころで滲み出る存在感は、円熟という言葉がよく似合う。本人と面識はまったくないのに、なぜか近しいものを感じてしまうのは、きっと私だけではないだろう。次はどんな役で、どんな表情を見せてくれるのか。腰の心配をしながらも、また映画館へ向かう自分が目に浮かぶ。
























