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ザ・ハイロウズが活動休止を発表


ザ・ハイロウズが活動休止を発表

2005-11-11 掲載
 ザ・ハイロウズが活動休止を発表した。ファンクラブの会員宛に届けられたDMにて明らかにされたもので、詳細等は発表されていない。作品としては元旦にリリースされるベスト・アルバム『FLASH』で95年の結成以来10年に及ぶ活動の幕を一旦閉じるかっこうとなった。休止前のラスト・ライブは11月5日(土)の中央大学の学園祭でのライヴ


ハイロウズを聴くと今でも、初めて大阪に来た日の事を思い出す。


国立前期で神戸の大学を受けるために、梅田・扇町の安ホテルに泊まる。
勉強もそこそこに、ホープを吸いながら梅田の街を歩くボク。(ホープ!?)
友人から貰ったMDの中には、ハイロウズの「よろこびの歌」「14歳」「21世紀音頭」が入っていた。ぶらりと天神橋を抜けて、淀川沿いに歩き176号を通ってもう一度ホテルに帰ってくる。

「真夜中にうろつく~♪」
ウォークマンから流れる音楽を口ずさんで不安を紛らわせてはいたけど、
凄く不安だった。明日の試験のことや大阪で暮らせるかどうかなんて事。
それと勿論、知らない街で迷ってしまって、ちゃんと帰れるかどうかもだけど。


だから、
ハイロウズを聴くと今でも初めて大阪に来た日の事を思い出して不安になる。

四年間でボクも色々変わってしまったけど、
あの日の不安を思い出せる限り大丈夫だと思う。

当時宿泊したホテルはもう既に取り壊されていた。
扇町ミュージアムもなくなって、街もだいぶ変わってしまった。

あと10年経ったら、公園すら残ってないかもしれない。

【Essay】2005年のピンボール・下【Essay】


白貧と博愛を貫いていた林田君(仮名)にも悩みがあった。
ある年のクリスマスシーズン、彼はボクにこう語った。

「こんなの青春じゃない…。青春はもっと、アレだ!」

当時、林田君は江国香織だの村山由佳の女小説にはまっており、
この恋人のいないという、アンチメルヘンな世界が許せなくなってしまったらしい。
僕らは、街頭に飾ってあるクリスマスツリーに短冊を掛けて祈った。

「お星様、どうか素敵な恋人が出来ますように。」

今考えるとちょっと間違っているような気もするが、
笹ともみの木だ、同じ植物ということで、許して欲しい。

年が明けて1月の終わり、林田君はバイト先から姿を消していた。
どうやら、バイト先の年頃の女の子全員を好きななり、
いたたまれなくなってその意中を全員に告白したらしい。
結局、勝ち星をあげられず気まずさの中引退したそうだ。

林田君、君の青春とはそんなもんだったのだろうか。
少なくとも、ゴリラ顔の女子高生(ジョゴ)は候補から外しておくべきじゃなかったのだろうか?
そもそも、一ヶ月の間に5回ふられるって、
3人目くらいで女の子の間に情報が行き来しているって分かれよ!

このような行動から、林田君は辞めてからもピンボールというあだ名で、
しばらくボク達の話題にあがっていた。

林田君というボールはフリッパーに弾かれ、スコアを刻むこともなく奈落へ落ちていった。
スコアには輝かしい、ゼロの数字を残しながら。

格好よく言うとそういうことである。



林田君へ(もしも見ていたら)

去年、男で集まったときに「ピンボール」って呼ばれていたけど、
あれ、こういう事だから☆
あと、このあだ名付けたの、俺。
ごめんねー(^_^)

2005年のピンボール・上

朝、バイト先でフリスクをかじろうとした所、床に落としてしまった。
三秒ルール(無制限)を持っているボクはもちろん拾って食べようとするが、
なかなか見つからない。
そのうちバイト仲間のおばちゃんが、コンタクトを探しているのだと勘違いして、
フリスク探しに参入。
このままでは、埒があかないなーと考えているボクと、
あるはずのないコンタクトを必死で探すおばちゃん。
このほほえましい「優しさ」にあふれた状況をいったい誰が責められるというのだろうか?
そう考えながら僕は心の中で大笑いだった。
結局は、コンタクト(仮)は棚と壁の間にもぐりこんでしまったということで決着する。

おばちゃん、非常に同情なされたみたいですが、
なくしたのは、フリスクです。


三年間で四つのバイトを渡り歩いてきたのだが、
ボクのバイト仲間にはやたら魅力的な人が多かった。

全く寝ない女、処女受胎、眠る中国人、踊る人(ジャマイカ在住)、
文盲、ネズミ講、不死身のスロッター…

など。

その中でも、最高に面白かったのはピンボウラーこと林田君(仮名)だ。
林田君は大阪市北区出身だったのだが、なぜか隣の豊中市内にマンションを構えていた。
親が嫌いだとか、自由がほしい、だとか言ってたような気がしたが覚えていない。
とりあえず生活には窮々してなさった。
そんな彼を見かねて実家から送ってきた米を適正な安価でお譲りしたり、
(どんなに貧しくても米だけはいいものを食べたいそうな)
二人で250円時代の吉野家に卵を持って食べたり、
マクドナルドの60円バーガーの再調理法を考案したりするのに時を費やしていた。
デフレ時代の親友とも呼べる存在で、いまだに景気指数を見たりすると
林田君のことが頭をよぎる。


(To be continued)

昭和天皇

考え方の似た者同士が同じ題で文章を書くとどうなるんだろう。
ということで、友人の*akiziro君と試してみました。




「ゲケツって何だ?」




幼稚園児のボクにとっては、昭和天皇の体調なんかよりも「ゲケツ」という言葉の響きが気になった。「ゲゲゲの鬼太郎」弟分みたいな素敵な言葉、「ゲケツ」そんな言葉が毎日聞くことが出来た昭和63年の暮れ。ボクの興奮をよそに、日本中は世界の終わりの様なムードに包まれていた。




「昭和天皇はもう死んでるんだよ。きっと」




昭和63年の暮れ、親父が呟く。
日本に巣くっている老人どもは、事実よりも虚栄を愛している。昭和64年よりも新時代の「元年」に期待しているんだ。ボクがこの言葉の意味を理解したのはずっと後のことだが、天皇は申しあわせたように1月7日に崩御することになる。昭和64年は7日で終わったが、平成元年は358日残っていた。
昭和が63年に終わっていたら何か変わっていたのだろうか?
取りあえず今年は平成16年だろう。




「お元気ですか?」




井上陽水が日産のクルマのCMでいっていた台詞だ。
昭和天皇の様態が悪くなるにつれて自粛ムードが強まる中、やり玉に挙げられてしまった失われし言葉。爆風スランプの武道館公演、高校ラグビーの優勝決定戦、中日ドラゴンズのリーグ優勝パレードの中止。失われた栄光の数々。自粛されたものは帰ってこない。何といっても自粛なのだから。(関係ないのだがXデーという言葉は非常に不謹慎だと思う)





「誰が昭和を思わざる?」




天皇の名前は死後決定する。
昭和天皇が歴史に登場したのは、17年前の1月8日に遡る。





まだ、17年。







*発車時刻まであと少し

禁煙


12/3日の演奏会に備えて禁煙始めました。

まず、小さい折り紙程度の正方形の紙を用意します。
次に頭の中で煙草の葉っぱをイメージして、
紙の中に巻きます。
ライターをイメージして、
紙の先に付けます。
本当に想像力のたくましい人は
その火で火傷することもあるそうなので注意が必要☆
最後に、それを肺いっぱいに吸う…

応援よろしくお願いします<(_ _)>

【Diary】移転【Diary】

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