これが、彼女の呪いなのだろうか。
息が苦しい。体中が沸騰している気がする。急激に視野が狭まり、今この時だけは目の前の少女のことしか脳が認識しない――そんな錯覚を覚えた。
「私と付き合ってください」――今まさに、俺は生まれて初めて、女の子から告白されたのだ驚きはしない。以前も俺は、彼女の口から告白めいた台詞を聞いていたのだから。ただ、熱に浮かされたように体が熱いだけだった。俺に愛を告げた少女の名は黒猫。本名はは五更瑠璃という、俺の学校の後輩で、妹の友人だ。
「あの、先輩?」
「―――お、おう!」
声をかけられて驚き、素っ頓狂な声をあげてしまう。同時に現実に引き戻された。黒猫は恥ずかしそうに俺の顔色を窺いながら、決して目は合わせようとせず、おずおずと尋ねる。
「へ、返事を聞かせて欲しいのだけれど」
「あ、ああ」
ど、どう答えればいいんだろうか。なんせ女の子から告白なんてされた事がないからなぁ。こ、告白……されたんだよな?今度こそ勘違いじゃないよね?いや、流石にそれはないか。今まで散々、そうじゃないかと思って近づけばズバッと切り捨てられていたわけだが、やっぱり黒猫は、本心では俺の事を想っていてくれていたらしい。
では、俺はどうだろうか。――正直、黒猫に告白されて、めちゃくちゃ嬉しい。
俺にとっても、こいつはずっと、気になる女の子だった。意地っ張りで素直じゃないところや、恥ずかしがりやで、意地悪で、でも本当はとても優しくて。俺はきっと、そんな黒猫に恋愛感情を持っているのだろう。だからこの告白は望ましいものだ。それだけは間違いない。ただ――今の俺は、果たして恋人を作るなんてことを、してもいいのだろうか。
「あの、そのな……」
「………やっぱり、駄目かしら?」
答えに窮する俺を悲しそうな瞳で見つめる黒猫。俺はよっぽど「駄目なわけねーだろ!」と言ってやりたかったが、そう答えるわけにもいかず、結局はこんな情けない答えを返してやることしか出来なかった。
「……少しでいいから、考える時間をくれ。必ず……返事をするから」
家に帰ってベッドに飛び込む。
「ふ、ふふふふ…………ぅへへへへへ……」
もはや一人きりになって、喜びを隠すことは出来なかった。俺はきっと今までにしたこともないようなニヤケ面で、ベッドの上をのたうち回る。――しょうがないだろ?内心可愛いと思っていた後輩から、愛の告白を受けたんだぜ?これで喜ばない奴の方がどうかしてるぜ!そう、とても嬉しい。嬉しいんだが―――どうしたもんかね。正直、本音を言えばさっさとOKを出して、恋人になってしまいたいものだが。
俺の名前は高坂京介。18歳の高校生だ。
突然だが、世の中にはリア充という言葉がある。友達や彼氏彼女など、リアルの人間関係が充実している人々のことを指す言葉だ。この俺も、いまやその仲間入りを果たしてもおかしくない状況にある。羨ましかろう。
「………彼氏、彼女、ね」
ベッドから身を起こしてそう呟いた俺は、俺に愛の告白をしてきた女の子のことではなく、この夏に起きた騒動の顛末、そして妹のことを思い出していた。妹の名前は高坂桐乃と言う、近所の中学に通う15歳の女子中学生だ。
妹は俺の知る限りじゃ一番の美人で、勉強もスポーツもとても上手にこなし、雑誌の読者モデルなんかも努めていて、先日は小説も出版して――とにかくとても頑張っている、本当にすごい奴だ。
そんな桐乃が、昨日、彼氏を家に連れてきた。相手の男は御鏡光輝という、男版桐乃のような、ムカつくイケメン野郎だ。本人は決して悪い奴ではない。むしろ桐乃と同じく、とても頑張っている奴で、桐乃と趣味も合うし、まさにあいつの相手としては申し分ない相手だろうさ。だが、俺はそんな御鏡があいつの彼氏だと聞いて、大騒ぎしてしまい、俺と桐乃は大喧嘩になり、友達とのパーティは台無しになって、そして――思い出すのも憚られる俺の暴走の末、騒動は終わった。
結論から言うと、御鏡の野郎は偽の彼氏だった。彼氏がいるなんていうのは、桐乃の大嘘だったわけだ。……それもそうだろうよ。その偽の彼氏が言ってたことだが、俺の妹の相手は荷が重いだろうさ。―――――――失礼な野郎め。ぶっ飛ばすぞ。
まぁ、それは置いておくとしてもだ。
昨日のアレは確かに狂言だとわかったのに、どうしても消化しきれないことが俺にはある。
「……あいつ、なんで泣いてたんだろうな」
これに関しては、正直全然、何も分からない。散々俺に激情をぶつけてきた桐乃ではあったが、結局俺は、その意味までは汲み取ってやれなかった。あいつが何故泣いていたのか、どうしてあんな事をしたのか―――俺には分からない。『自分はっ!自分はっ!地味子とかっ……あの黒いのとかといちゃついてるくせに!勝手なこと言うな!』 『――ええと……桐乃さんは、お兄さんに、気付いて欲しかったんですよね?』 あれは……、――あれは、どういう意味なんだろうか。どうしても、あの声が頭の中から消えない。消えてはくれない。
もし仮に、俺があいつの言葉を止めなければ、あいつは俺に何を伝えたのだろうか。それは、何かとても、大切な事のような気がして――。……くそっ、なんでこんな気分になるんだよ。桐乃に彼氏なんていなくて、台無しになってた打ち上げパーティも明日やり直して、万事解決――したはずだよな?それでも、いつか感じたような、まるで選択肢を間違えてしまったかのような――そんなもやもやした感情は、以前よりも強く俺の心を蝕んで消えてはくれず、俺は胸に渦巻くさまざまなモノに苛まれ、その日は眠れぬ夜を過ごした。
翌日。夏コミの打ち上げをするために、黒猫と沙織が俺の家にやってきた。
「京介氏、きりりん氏、お邪魔しますぞ~」
「……お邪魔するわ」
「はいは~い、もう準備してあるから、入って入って」
「お、おぉ!?きりりん氏?今日はやけに元気でござるなぁ」
「何言ってんの?いつも通りのあたしじゃん」
はしゃぐ桐乃に手を引かれ、沙織はリビングへと消えて行った。俺は自然と、残された黒猫と目が合ってしまう。
「……よ、よう。いらっしゃい」
「え、えぇ。お邪魔するわね」
黒猫は顔を赤らめ、もじもじとして俺と目を合わせない。俺も俺で、恥ずかしくて黒猫の顔を見ることが出来なかった。それを悟られるのが怖くて、玄関からリビングに向かおうとすると、
「あ、あの!」
黒猫に呼び止められる。俺は心臓がバクバクと波打つのを感じながら、ゆっくりと振り返る。
「その……い、いつになりそうかしら」
やっと聞こえるくらいの、小さな囁き声だった。
「あ、ああ……。もう少しだけ、待ってくれ」
「す、少しって……焦らさないで頂戴。だ、駄目なら駄目と、はっきり言ってくれても……」
「だ、駄目だなんて言ってねえだろ!」
――――――あ。……つい、大きな声を出してしまった。黒猫はびっくりしたように眼を見開いて、かぁっと、さらに赤くなっていく。俺の方も自分で驚いてしまい、二人してそのまま何秒か固まっていた。
「い、今のはその、――いいから、もう少しだけ待っててくれよ」
そう言い捨てて、俺は黒猫を残してリビングに向かう。
中に入ると、桐乃が沙織に抱きしめられていた。
「―――えっ」
こきーんとフリーズする。……な、ななな、何だ!?どういうこと!?こ、こいつらそういう関係だったのか!?う、嘘だ、そんなバカな!?戦慄する俺に、
「…………京介さん……」
聞いたこともないような声で、沙織が俺の名前を呼んだ。そこには、いつもの優しく、快活な色は無い。今のが本当に沙織の声なのかと疑ってしまう程に冷たい声だった。なんだ………これは、沙織が、怒って―――?
わけがわからずに狼狽する俺と、沙織の間に緊張が走る。そんな雰囲気の中、
「ちょっと~。せっかく沙織とイチャイチャしてたのに、邪魔しないでくんない?」
「へっ」
「……き、きりりん氏?」
い、イチャイチャだと……?どどどど、どういうことだ!?桐乃のやつ、今度は彼女が居るとか言い出す気じゃねーだろうな!?だ、だめだだめだ。お兄ちゃんそんなの許しませんよ!
「ぷっ。何固まっちゃってんの?冗談に決まってんじゃん。あんたバカぁ?」
がっっ!こ、このアマ、またかよ!?
「お、お前なぁ!リビング入ったらお前と沙織が抱き合ってるからビックリしたんだろうが!」
「はぁ?こんなの、フツーに女の子どうしのコミュニケーションじゃん」
「えぇ~……絶対嘘だろそれ。何?おまえらもしかして、そういう関係?」
「んなわけないでしょこのバカ!エロゲーのやり過ぎで脳みそ腐ってんじゃないのっ?」
「テメェにだきゃ、言われたくねーよ!」
俺と桐乃の間に火花が飛ぶ……と、そこで、
「きりりん氏~!拙者は愛しておりますぞ~!」
「むぎゅっ」
沙織が豊満な胸の中に桐乃を埋め、「いいこいいこ」とばかりに頭を撫でまわす。桐乃はくすぐったいのか、涙を浮かべてきゃぁきゃぁ言いながらもがいていた。その様子はとても楽しそうで――やっぱさっきのは俺の勘違いなのだろうと、安堵した。
「な、何をしているのあなたたちは!?」
リビングに入ってきた黒猫が悲鳴を上げる。
「黒猫氏~!遅いですぞ~」
「むぎゅっ。ふぁ、ふぁなひなふぁい!」
沙織は桐乃を開放し、今度は黒猫に抱きついた。そのまま黒猫を抱き上げてソファまで連れて行くと、今度は桐乃が背後から彼女をくすぐる。
「ほれほれ~ここか、ここがええんか~?」
「ひゃぅ!?ちょ、や、やめて頂戴――どこのセクハラ親父よあなたは!?」
「はっはっは~!瑠璃ちゃんはくすぐり甲斐がありますな~」
「ひ!?い、いい加減にしなさい!どうなっても知らないわよ!?」
「ぷ。ハハハ……」
楽しそうな妹とその友人たちを見て、思わず笑ってしまう。一度は壊れかけたオタクっ娘達のコミュニティではあったが、またこうして仲良くしているのを見れて、俺も心から嬉しくなってしまうのだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、パーティはお開きの時間になる。そろそろ帰ろうかという頃合いで、桐乃はこんな事を言い出した。
「あのさ、帰る前に、言っておくことがあるんだよね」
その言葉に、ぎくっと身が固まる。つい先日も、こいつはこんな切り出し方で、とんでもない事態を招いたのだ。
「……きりりん氏、どうかされましたか?」
沙織が少し不安そうな顔で尋ねる。俺も桐乃が何を言うのか気が気ではない。こいつは、今度は何を言おうとしているのか。しかし、妹の口から出たのは、予想外の言葉だった。
「えっと、その………………この前は、ごめん!」
……俺も沙織も黒猫も、ぽかーんとしている。だってさ、あの桐乃が、こんなに素直に謝罪するなんて、信じられるかよ?そりゃ、『表』の顔のこいつなら分からないさ。でも、今一緒にいるのは、俺と、オタク友達だ。捻くれてて、素直じゃなくて――それが『裏』の友達に見せる、桐乃の姿の筈だ。
――ああ、でも。
「きりりん氏……拙者も、素直に言えば、少しだけ怒っていました」
「……うん」
「でも、今日、また皆さんとパーティをやれることになって、そんな気持ちなんて、すぐに忘れてしまっていたんです。こうしてまた、皆さんと集まって楽しく過ごせることが、本当に嬉しいのです。ですから……どうかお気になさらないで下さい」
「うん……ごめんね、ありがと」
穏やかに笑い合う二人。『表』の友達も、『裏』の友達も、桐乃にとっては、大好きで、大切な友達なんだ。だから、楽しかったら精一杯笑うし、悪い事をしたと思ったら、そんときゃ謝る。あんな騒動をやらかす一方で、俺の妹は本当に友達を大事にするやつだ。……そういうことで、いいんだよな……?桐乃は、次に黒猫に向き直る。黒猫はビクッと体を震わせた。そして次の桐乃の台詞で、凍りつくことになる。
「えっと…………………瑠璃、も…………ごめんね」
訂正しよう――俺と沙織も凍りついた。俺たち三人は、妹の発言に唖然としてしまった。特に黒猫の驚きぶりたるや尋常ではない。まるで彼女は落雷に打たれたかのように、呆然とその場に立ち尽くしている。
「ちょ、ちょっと……聞いてんの?」
「え、ぁ、き、聞いてるわ」
慌てながらも返事をする黒猫。桐乃に話しかけられて、何とか正気を取り戻したらしい。自分の台詞に顔を真っ赤にした妹は、
「だ、だったらほら、さっさと、このあたしを許しなさいよね!」
「……………」
黒猫は目を見開き、再びぽかーんとしてしまった。俺と沙織は目を合わせて、二人して噴き出す。桐乃に聞かれないように、
「な、何と言う高次元ツンデレ…………拙者、眩暈がしてまいりましたぞ」
「く、くくくっ、馬鹿じゃねえの、あいつ」
二人に目を向けると、既に痴話喧嘩が始まっていた。
「……あ、あなたねぇ……だいたい何よその呼び方は。気持ち悪いからやめて頂戴」
「はぁ!?……はっはぁ~ん。あんた照れてるんだぁ。そだよねー。他に名前で呼んでくれる友達いないもんね~。可哀想だからいっぱい言ってあげる。瑠璃ー。るりるり―」
「な、なななななな!?」
気が動転して、慌てふためく黒猫も真っ赤になっていった。お互い照れまくりながらじゃれあっているその姿は微笑ましくて、どこか姉妹のようでもある。
「きりりん氏~。拙者も拙者もー!」
「………さ、沙織……?」
「うっひょぉぉ~~~~~!お、お持ち帰りぃぃいいいいひぃ!!」
「ひっ!?」
「……その反応はどうなのかしら」
「ぷっ。ていうかお前は最初から『沙織』だろ」
「ぅへへ~、きょ、京介氏、今夜はきりりん氏をお持ち帰りしたいのですが、構いませんかな?」
「オーケーいいぜ。今日くらいは貸してやんよ」
「ちょ、ちょっとあんた、妹を助けなさいよね!」
「諦めろ桐乃。俺じゃ沙織は止められねえ」
「お持ち帰りでござるぅぅ~~~~~!」
「いやああああぁぁあぁぁあああああ!」
「……見ていられないわ……」
ブハハハハハハ………あぁ~~~~……笑った笑った。ここんとこ、色々悩んでた事が全部、馬鹿馬鹿しくなるくらい笑った。ごたごたしちまったけど、桐乃たちは、以前よりも仲良くなれたみたいだし、よかったんじゃねえかな。
その後も仲良くじゃれ合う3人を見て、俺は馬鹿みたいに笑い続けるのだった。
楽しかったその日から3日が過ぎた夕方、俺は図書館での勉強を終え、家にたどり着いた。
受験生である俺は、毎日のように図書館や自室で勉学に励んでいるわけだが――ここ最近は、まるで勉強に身が入っていない。もちろん机には着くのだが、今の俺には、他に考えないといけない事があって、そのために集中できないでいた。『駄目だなんて言ってねえだろ』――。あの日、迂闊にも、俺は黒猫に対して本心を吐露してしまった。
そのくせはっきりとした返事はしてしないもんだから、黒猫からすれば、そりゃぁさぞ焦らされているように感じているだろうさ。悩ましくも、どうしようもなくて――俺は靴を脱ぎながら嘆息する。
「……はぁ」
どうすりゃいいんだろうかね……。このままじゃ、黒猫にも悪いし、俺には付き合う意思もあるんだが……。リビングの扉を開けると、制服姿の桐乃と軽くぶつかりそうになった。相変わらず我が家の構造的死角は改善されていないので、気を抜いてると、こういうことがある。
「お、た、ただいま」
「おかえり。……どいてよね」
「ああ、悪い」
「…………さんきゅ」
……ここ最近は、妹の様子にも違和感を感じる。今の「さんきゅ」にしてもそうだけどさ、先日の打ち上げの時も、なんか妙に素直で……変だったよな?なんだろうな。良い傾向の筈なんだが、今のこいつを見てると、なんかモヤモヤする。いつもの桐乃じゃねーみたいな……奇妙な違和感。扉の前で俺と入れ替わりになり、階段を上がろうとする妹の背中を見遣る。――こいつに『あんな』事を言っちまった手前、俺が恋人を作るわけにはいかないだろう。それに……先日もよく分かったが、桐乃は黒猫のことが本当に大好きみたいだしな。いつものように、友達取られた――みたいに怒らせちまうのも気が引ける。折角仲直り出来たばかりなんだからさ、今はあいつらの関係に水を差すようなことはしたくない。
でもなぁ…………………嗚呼……俺ってやつは……優柔不断なんだろうか。
悩める俺に、階段を上る手前で足を止めた桐乃が話し掛けてきた。
「………………ねえ」
「あん?」
妹は面倒そうに、緩慢な仕草でこちらへ首を回し、
「あんたさ、黒いのにコクられたんでしょ?」
ぎょっとして体が強張る。心臓を掴まれたかのように、一瞬呼吸が止まってしまった。
「…………なんで、お前が知ってるんだよ」
「そんなの、どうだっていいじゃん」
よくねえよ。なんでお前が知って――…………いや、そんなのひとつしかねえよな。ただ、分からないのは、何だってあいつは桐乃に話したかってことだ。………………あ?この気持ちは、何だろう……俺、何に対してムカついてるんだ?
「……ああ。そうだよ。昨日あいつに告白された」
「ふぅん…………」
桐乃は、「そっか……」と呟き、からかうように、
「んでぇ?どうすんのあんた?付き合うんでしょ?」
「……へ」
怒らねえ……のか?それは、いつもの桐乃らしからぬ態度だった。いつもなら、「でれぇっとしてマジキモい」ぐらい言いそうなのに。なのに妹は、にっ、と笑って、
「付き合っちゃいなよ。応援したげるからさ」
そう言って桐乃は階段を上って行く。気付いた時には、駆け寄って、妹の手首を掴んでいた。
「……っ痛」
「あ、わ、悪りぃ」
「も、もう。なんなワケ?」
慌てて手を離す。……少し前にも、同じことをやっちまったってのに、何をやってるんだろうか。だけどあの時と同じような気持ちで、無意識に体が動いていた。だから次の言葉も、きっと何も考えずに口から出ていたんだろう。
「……お前、それでいいのか?」
「えっ……?」
「その、あんな事があったのに、俺に彼女が出来ても、いいのかよ」
「………………何、それ。どういう意味よ」
「どういうって……俺、お前に言っただろ。『男と付き合うのなんかやめろ』って。なのに、俺があいつと恋人になるなんて――どう考えてもおかしいだろ!?」
「………そんなの知らない。誰と付き合うとか、あんたが勝手に決めればいいじゃん」
「勝手にって……おい、桐乃」
「ていうかさ、あんた何か勘違いしてない?」
「な、何がだよ」
そこで桐乃は、再び俺に背中を向けて言い放つ。
「確かにさ、この前はあんた、あたしに彼氏作んなーとか言ってたケド、だからってあんたが彼女作っちゃダメとか、そんなことないよ」
「だ、だから!それがおかしいって言ってるんだろ。なんで俺が彼女作っていいんだよ!?お前、自分の言ってる事、分かってんのかよ!?」
桐乃の盛大な溜息が聞こえた。妹は俺の方をちらりとも見ずに、
「あのね。やっぱ勘違いしてるみたいだから言っとく」
容赦ない言葉を浴びせてくる。
「あんたはシスコンかもしんないけどさ、――あたしは……別にブラコンとかじゃないから」
さらに付け加えて、
「それに……黒いのは友達だし。友達の恋愛なら、上手くいって欲しいじゃん?」
背中を向けた桐乃の表情は見えなかった。でも、もしかしたらその顔は照れて真っ赤なのかもしれない。そんな桐乃の気持ちを察して、俺は呟く。
「そっ……か。友達のため、ってことか」
「……そーいうこと。大事にしなさいよ。泣かせたらブッ殺すから」
……ははっ。何だろうな。ここ最近のこいつは、ちょっと黒猫が大好き過ぎて怖いぐらいだ。……こんなに素直に、あの桐乃が、応援してくれるって言うんだ。きっとそれが、………一番良い選択なんだろう。
「――分かった。俺はあいつと付き合うよ」
「………………ん。じゃ、あたし部屋に戻るから」
そう言い残して、今度こそ桐乃は階段を上っていった。
……。
『あたしは……別にブラコンとかじゃないから』
へっ。知ってるよ、んな事は。俺があいつに彼氏作るな、なんて言ったのは、癪だけど、俺がシスコンだからってだけで。でも桐乃は俺のことなんかどうでもいいから、彼女作ろうが好きにすればいいと思ってる。だけど、黒猫は友達だから、あいつを泣かせるような真似は絶対すんな。要するに、桐乃が言いたいのはそういう事だろう。
あいつは友達想いで、そんで、兄貴の事は相変わらず、なんとも思ってないってことだ。
……そんなの、お前に言われるまでもねえよ。――ま、何はともあれ。なんだかんだと悩みもしたが、もう俺が躊躇する理由は、何も無くなってしまった。覚悟を決めてポケットからケータイを取り出す。
そして次の日の午後、俺と黒猫は恋人になった。