「きょうちゃん、ちょっと大事なお話、いいかな?」
10月も半ばに入った頃、俺は幼馴染と一緒に下校していた。
『大事なお話』………
はっきりと言われなくても、それが何を意味しているのかは、いくら鈍感な俺でもわかる。
それくらい、この夏休みに起こった出来事は、俺にとって衝撃的だった。
あれ以来、一月以上、俺と麻奈実の間でその事が話題に上ることは無く、これまでどおり、普通の幼馴染として勉強などをしてきていた。
「ああ。それじゃ、いつもの中央公園でいいか?」
「うん」
麻奈実はいつもと違い、張り詰めた面持ちで、中央公園にたどり着くまで一言も喋る事が無かった。
公園のベンチに座り、二人で空を眺める。
今までは、落ち着いた、心地よい時間だった。
だけど、俺の回りの世界は一変してしまった。
俺に告白してきて、ほんの少しの間だったけど付き合う事になった、黒猫。
俺の事を嫌っているふりをしながら、本当は好きだった、あやせ。
俺の事をいつの間にか好きになっていた、麻奈実。
そして、俺の事が大嫌いな、俺の妹………桐乃。
二人で、それぞれの思いに耽るなか、先に話し出したのは麻奈実だった。
「ちょっとは見えてきたかな?」
「………………………」
「『目先の答え』じゃない、きょうちゃんの『答え』」
あれ以来、俺は何度も何度も考え抜いた。
もちろん、今しなければならない事―――受験勉強―――の妨げにはならないように、時間を区切ってではあるが。
いや、誰かに言われたからじゃない、ちゃんと出来ないとアイツに笑われちまうからな。
それはともかく、考えても考えても、答えがでないんだ………
「みんなが幸せになれる未来。どうかな?」
―――『みんなが幸せになれる未来』―――
言葉にするのは簡単だ。だけどよ、具体的にどうするのか?
黒猫と復縁するにしても、あやせと付き合うような事になるにせよ………
あるいは、目の前の幼馴染と付き合うような事になるにしても、俺が、桐乃から離れようとする限り、桐乃はとても辛い思いをする。
それに、だ。俺が誰かと付き合う事になったら、他の女の子はどう思う?
いや、俺の事が嫌いになるとかそういう事を言ってるんじゃない。
みんな、桐乃の事がとっても大事なんだ、それは、この前の件でよく分かっている。
だから、桐乃を悲しませるって事は、桐乃が大好きな人たちをもまた、傷つける事になってしまう………

それじゃあ、今のまま、宙ぶらりんな関係を続ける?いや―――

「『目先の答え』じゃダメだもんなあ」
「うん、そうだよ」
そんな関係じゃ、桐乃も俺も変わっていけない。
確かに、みんなを直接傷つけることはないかもしれないが、ある意味ではもっとも桐乃を傷つける事になる。
それに………そんなの、俺自身がちっとも幸せじゃない………
「ねえ、きょうちゃん?」
「なんだよ」
「きょうちゃんは、難しく考えすぎてるのかもしれないよ?」
「そうかあ?」
「うん。きっとそう」
まあ、このお婆ちゃんには、何もかもお見通しなのかもしれないな。
俺の本当の心の奥底では、桐乃に対する気持ちが燻っていることも。
「前にも言ったよね?きょうちゃんと付き合う女の子にとって、どうしても上手くいかない部分」
「ああ」
「きょうちゃんはね、すっごく頼りになって、かっこよくって、やさしくって」
「おいおい、褒めすぎだろ?」
「そして、けっこうだらしなくって、エッチで、浮気性で」
「き、急に酷い評価だな?」
「でも、そんなきょうちゃんは、桐乃ちゃんのことだけは、絶対に捨てられない」
「………………………」
やっぱり、見抜かれているんだな。
いや、見抜かれて当然かもしれない。
両想いだったハズの彼女より、桐乃を優先した時点で………
「きょうちゃん、桐乃ちゃんのこと、大好きなんでしょ?」
ついに、はっきりと聞かれちまったか………
聞いた麻奈実も、諦念にも見える表情を見せている。
『ついに、はっきり聞いちゃった』って顔を………
「俺は、みんなの事が大好きだ。黒猫も、沙織も、あやせも、加奈子も………おまえの事も大好きだ。」
「うん、ありがとう」
麻奈実は今まで見た事の無い、悲しさと嬉しさの入り混じったような表情で、俺を見つめている。
「でも、桐乃の事は、もっと大切なんだ、愛してるんだ」
「よく、言えました」
まるで、俺の先生か母親のように答える麻奈実に、俺は胸が締め付けられた。
おまえだって、俺の事が好きだって言ってくれたのに………俺は麻奈実を見ていられず、目を逸らした。
「ごめん、麻奈実、俺っ………」
「ううん。きょうちゃんの考えてることはわかるよ。わたしを傷つけたんじゃないかって、凄く不安そうだもん。」
今の俺、そんな表情をしてるのか………
「でもね、きょうちゃん。わたし、悔しいけど、傷ついてはいないんだよ」
「えっ?」
「桐乃ちゃんに負けて悔しいけど、わたしの大好きだった人は、こんなに、凄い人をみつけて、大事な人を、愛せる人なんだなって。だ、だからっ…わたし、そんな人を…好きに、なれて…うっ…しあわせっ…っ!」
「麻奈実………」
麻奈実は、目から大粒の涙を次々に溢し、それでもなお気丈にしっかりと俺を見据えていた。
「ご、ごめんねっ…きょうちゃん…わたし、傷ついてない、事、教えたくて…泣かないようにって、思った、のにっ…悔しくて、涙が、とまらないの…」
「ああ、分かった。分かったから………」
「だからねっ、あやせちゃんも、黒猫さんも………桐乃ちゃんも、みんな同じ。きょうちゃんが本気で考えて、本気で答えを出せば、みんな悔しいかもしれないけど、みんなきっと納得してくれる。傷ついたりはしないよ。」
「そう、だな」
麻奈実は涙を振り払い、真剣な眼差しを向けてくる。
「でも、きょうちゃんは、桐乃ちゃんに向き合うことができないんだよね?」
「………『妹』だからな………あいつは………」


「それじゃあ最後に、わたしからの………人生相談、聞いてくれるかな?」


中央公園で麻奈実と分かれた後、俺は真っ直ぐに帰宅した。
それにしたってよ?
『桐乃ちゃんが妹じゃないと考えてこの土日過ごしてみて』だって?人生相談っつーか命令じゃねーかよ?あの麻奈実、実は中身があやせか黒猫だったりしねーよな?
しかも『デートもちゃんと計画をたてて、わたしに連絡してね』だと?
ちゃんと言われたとおりにしてるか確認するつもりかよ………
確かに、俺の中では『桐乃』に対する気持ちと、『妹』に対する気持ちが入り乱れて、自分でも、どういう気持ちを持っているのか分からなくなることが多い。
そういった意味では、あいつ自身を見る、良い機会なのかもしれない。
それにしたってよ?どうやってデートに誘えってんだよ………
あと、『上手くいったらご褒美だよ』って何のことだよ………

それから数日たって、金曜日の夜。
俺は未だに、桐乃をデートに誘えないでいる。
だって、しょうがねーだろっ!?
そもそも、桐乃の部屋に入る理由もねーしっ、『妹』をデートにさそうって!
………あ、そうか、その辺の認識から改めてみろって事か、今回のミッションは。
ふと、部屋を見渡すと、sisxsisのパッケージが目に入った。
そうだ、こいつを使えば………………………
コンコン―――
桐乃の部屋のドアをノックすると、意外にも静かに扉が開いた。
「京介、何の用?こんな時間に」
桐乃は普段着姿で、いつも通り、しっかりと化粧もきめている。
こんな夜中にも化粧をしてなきゃならないって、女の子も大変なものだ。
それに、良く見ると、桐乃の机の上には、何冊ものノートが開かれている。
「勉強中だったか?」
「別に………」
あれ以来、桐乃との距離はかなり縮まったハズなんだが………
つーかよ?普通の純愛エロゲでも、これまでにこなしたイベントの数考えりゃ、もう10回以上エロシーン突入してねーとおかしいよな?
抜きゲーなら100回くらいエロシーンがあっていいはずだぜ?
「で、何の用よ」
「これだ」
俺は、桐乃の目の前に、sisxsisのパッケージを突きつける。
「sisxsisについて、おまえと語り合いたいんだ!」
「しっ………」
「し?」
「死ねっ!変態っ!」
「待てっ、待ってくれっ、ちょっと攻略につまっててなっ!」
「………………………入って」
とりあえず、妹様の爆発だけは回避できたようだ。
つか、おまえ、自分からエロゲ押し付けておいてそりゃねーだろ?
桐乃の部屋は相変わらずそこかしこから甘ったるい良い匂いがする。
以前はさほど気にしてなかったけどよ、これ、香水の匂いだけじゃなくて、桐乃の匂いが混じってるんだよな………
「で、どこで詰まってんの?sisxsisは、わりと簡単じゃん?」
「えーと………」
やっべぇ、桐乃の部屋に入ることしか考えてなかったぜ?
実は全部攻略済みだがなっ!………攻略サイト見てな………
「あー、あれだ、最後のルート分岐?何回やっても、りんこバッドエンドばっかりでな?」
「へぇ、京介、りんこルートやってんだ」
「べ、べつに良いだろ?」
「りんこグッドはさぁ、みやびちゃんも好感度上げてないと見られないのよね~」
「は、はぁ、さいですか」
おまえ、急に元気ですぎじゃねーか?
「それでねっ!結構始めの方から、好感度とフラグ管理をちゃんとやってないといけないのっ!」
「好感度管理………だと?」
「ほらっ、例えばこれっ!」
そういうと、桐乃は机の上に置いてあったノートを俺に見せ付けてくる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1/3
11:00-22:00 リビング 唯ちゃん
※スルーしても影響なし?でも見る!

17:00-20:00 自室 TEL
※すぐにステーションホテルに向かう事!
※あたしは唯ちゃんを信じるのっ!

20:00-23:00 自宅の前 唯ちゃん
※ココ大事!…つか、ドコの兄貴も馬鹿ばっか

23:00-24:00 八十八公園 唯ちゃん&西御寺
×絶対にこの時間より前には行かないっ!!!
○気分値 唯ちゃん+2
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

なんだ、これは?
「これ、今攻略中のゲームの攻略ノート。」
「10冊以上あるぞ………?」
「当然でしょ?攻略可能キャラ全員分だし。京介もこれくらいちゃんと記録つけて攻略しなさいよね」
「り、了解した………」
な、なんつーヤツだ………これほどとは思わなかったぜ?
つか、これ以上攻略に関する話題はやべーな。
本当に攻略ノート作るハメになったら死ぬしよ?
「と、ところでよ?」
「何?」
「このゲームのりんこはよ?なんで、本当の想いに気がつかなくなってしまったんだ?」
「えっ………………?」
あ、あれ?
好きなゲームのことだし、もっと食いついてくるかと思ったのによ?
「あたしにも、良く分かんない………」
「そ、そうかよ」
「でも、たぶん、妹だから………じゃないかな?そうなっちゃう事だけは、良く分かるから………」
ああ………そうか、『妹』だから………
俺も、『兄』だから………
「桐乃。それじゃ、明日、半日だけ、兄妹の関係無しでデートしようぜ?」
「えっ………あ、あんた!?」
「それじゃあ明日な。おやすみ、桐乃」
「えっ、あっ、お、おやすみなさい。………京介」


そして次の日の朝、俺は『彼女』と一緒に、ディズニーランドに来ていた。
「京介、あんたちょっと眠そうじゃない?大丈夫?」
「そんなことないぜ?」
実は、眠かったりするんだが、その理由がなぁ………
「電車でもうとうとしてたし………あの、さ。あたしと一緒だと、退屈、かな?」
「違うっ!」
そんなわけねーだろ?
そんな悲しそうな顔すんなよ。
「おまえとのデートが楽しみすぎて、昨日、全然眠れなかったんだよ」
「そっか、京介も………」
「お、おまえも?」
「ばっ、ばかっ………」
桐乃の顔は一瞬で真っ赤になり、つんとそっぽをむいてしまう。
こいつ………可愛すぎだろ!?
「桐乃、どこから周る?」
「えと………は、恥ずかしいケド………お城に行ってみたいな」
「シンデレラ城か?今日のおまえ、可愛すぎるぜ」
「!!!~~~~」
あ、つい口に出しちまったな。
桐乃は声にならない唸り声をあげて、必死に照れ隠しをしている。
だけどよ?その様子自体が可愛すぎるんだよな~
こんな可愛い彼女には、ちょっと位イタズラしたってバチはあたらねーよな?
「さあ、ついたぜ?」
「う、うん」
「桐乃、俺と踊ってくれないか?」
「京介、何言って?………あっ!………は、はずかしいでしょっ!」
「返事は?」
「は、はい」
桐乃、まだ赤くなれたんだな?
俺もこんな恥ずかしいセリフで真っ赤なんだし、あいこだよな。
それにしても、こんなにしおらしい一面もあったなんて驚きだぜ。
シンデレラ城を見てまわる間中、桐乃の表情は緩みきっていて、時折ブツブツと口の中で何事か呟いていた。
こいつ、展示物とかちゃんと見えてんのかよ?
せっかく来たんだし、もうちょっとな?
そして、シンデレラ城を一通り見終わるような頃、ようやく桐乃は正常な気分に戻ったようだった。
「き、京介、あ、あんたっ」
「な、何だよ?」
「さっきのあんた、ちょうキモかったからっ!つい、はいって言っただけだから!」
「分かってる。分かってるって」
内心の笑いを堪えつつ、俺は桐乃の頭を撫でてやる。
「ちょっ、キモっ!子供じゃないんだしっ!」
「おまえが可愛いから、髪を触りたくなったんだ。ダメか?」
「っ!!!」
あー、こりゃまた、当分ダメかもな。
その後、落ち着いた桐乃と一緒に、スプラッシュマウンテンやジャングルクルーズ、ホーンテッドマンションなんかを見てまわった。
えっ?さっきみたいな甘々イベントはなかったのかって?
いや、さっきの一件の後、『あたしが死んだら、全部あんたのせいだからね!』
と脅されちまったんだよ。
だから、俺からイタズラすることは出来なかったんだよ。
もっとも、ホーンテッドマンションでは、散々桐乃に抱きつかれて、俺のほうがどうにかなりそうだった事は報告しておこう。
そして、今、夕焼け空の下、桐乃と二人、ベンチに座って休憩している。
目の前で、ドナルド・ダックが他のカップル達と写真を撮っている。
「楽しかったね」
「そうだな。今までで一番楽しかった。」
本当に楽しかった。
他の誰といる時よりも。
「でも、そろそろ兄妹に戻る時間だな」
「そっか、そだよね」
見つめあう。
夜のパレードまで、まだ時間がある。
「桐乃」
「何、京介」
「順番が逆になってしまったけど、おまえに言いたい事がある」
「………うん」
桐乃は微笑ましくなるくらいビクッと反応した。
俺の言葉を待っている。ずっと前から待ってくれていた、それよりもさらに強く。
迷う事はない、決めた。
俺は大きく息を吸い込んで、その言葉を伝える。
「桐乃。俺と付き合ってくれ。俺はおまえの兄貴だし、おまえは俺の事大っ嫌れーかもしれないけど、俺はおまえの事が大好きだ。俺をおまえの彼氏にしてくれ。」
やっと、俺は、一番大切な人に告白をする事ができた。
ヘタレだなんて言うなよ。
こんなに心が通じ合っていても、俺たちは兄妹なんだ。
こんなにも好き合っていても、拒絶される可能性のほうが高いんだよ………
「京介。あたしさ、兄貴の事、大っ嫌いだった………」
そう、だよな。
俺も、おまえの事、大嫌いだった。
「でも、これからは、兄貴の事、好きでいいんだよね?兄貴の一番でいて良いんだよね………」
見つめる桐乃の瞳は嬉しさに潤み、夕暮れに点き始めた明かりに、キラキラと輝いていた。

「桐乃………」
「京介………」

俺たちは、まわりの目も気にせず、自然にキスを交わしていた。
はじめは恐る恐る、探るように。
次第に、お互いを貪り合う用に激しく………


長いキスが終わった後、俺たちは長い事………いや、もしかすると短い時間、お互いに話し出す事が出来なかった。
何か、凄い事をしてしまった感じで恥ずかしい。
「桐乃、あ、あのさっ」
「な、何、京介………」
でも、桐乃と話をしたくて、とりとめのない言葉が頭の中をかけめぐる。
「その、今日、家に帰らない事は」
「うん。あやせと加奈子に頼んで、あやせの家にみんなで遊びに行ってる事にしてる」
「そうか。良かった」
夜のパレードを見ようとすると、どうしても門限をオーバーしてしまうからな。
いっそのこと………と、外泊する事に決めたわけだ。
「京介は?」
「いつも通り、赤城に頼んだ」
「そっか」
「あいつ、またホモゲー買いに行ったりしてないかな」
「うん………」
話題が続かない………やっぱり、気になるよな。
「親父達、心配してないかな?」
「うん………二人とも居ないのって珍しいから………」
「そうだよな………」
「でも、お母さんは、もしかして分かってるのかも」
「な、何っ!?」
あのお袋が?
「あたしと京介が、今日帰らないって話したとき、楽しそうにしてたから」
「まさか、いくらなんでも考えすぎだろ?」
「そう、だよね………」
確かに、お袋は俺たちの関係を怪しんでいる節が色々な所で見られる。
だけど、まさか兄妹がコトに及ぶのを喜ぶとは思えない。
「わかってるだろ?おまえも」
「うん。京介と一生愛し合っていくけど、結婚とか、それを大っぴらにするのは無理」
「そうだな」
これが、俺たちの出した『答え』だった。
結局の所、一番愛している人以外と付き合った所で、自分も相手も幸せにはなれない。
『妹』を愛してなんかいないと自分にウソをついたところで、結局幸せではない。
逆に、俺が振ってしまった女の子は………麻奈実の言うとおり、それで幸せが否定されたわけでは無いのだろう。
お互いの本音をぶつけ合って、それでも負けてしまうのは………『悔しいけど幸せ』多分、そう言うことなのだろう。
親父達はどう思うか………
例えばこれが、性的な欲求にただ押し流されたものであれば、激怒じゃすまない事は目に見えている。それは明らかに不幸だ。
だが、兄妹が、他の人間に対するよりお互いを強く想い、その結果、兄妹で一緒に居る事を選択するのだとしたら?
勿論、そのことを分かってもらう為には相応の努力と説得が必要だろうと思う。
だけど、全てを公平な目で見ようとする親父の事だ、きっと最後には納得してくれるだろうと、俺は確信している。
「先はとても長そうだね」
「そうだな………」
パレードまで、まだまだ時間がある。
「京介、あたし、ちょっと眠いかも」
「そりゃそうだろ?昨日から寝てないんだから」
「ちょっと、寝ていい?」
「ああ、パレードまでには、起こしてやるよ」
「それじゃ、ちょっとだけ、おやすみ、ね」
「おやすみ、桐乃」
桐乃は俺に寄りかかりながら、そのまま眠りに落ちてしまう。
寝てるときのこいつ、本当に天使だよなぁ………
つか、俺も眠すぎ。
桐乃とはしゃいでいた分、落ち着いたときの眠気がキツすぎるぜ………
………携帯のアラームセットして………俺もねるかぁ………

ピピピッ………ピピピッ………

はっ!?携帯のアラーム音が聞こえ、俺は目をさました。
時間は………まだ、パレードまで5分くらい有るな。
「ん………あ、おはよ、京介。」
「おはよう、桐乃。まだもうちょっとパレードまで余裕があるぜ?」
「うん………ちゃんと目を覚ます。」
それにしたって、二人で寝て、二人で起きるってのもこっぱずかしいな!
つか、お互い寄りかかりながら寝るって、自分で見たら卒倒もんだったよな?
「あれ?京介?」
「ん?何だよ?」
「この紙、何?」
桐乃は、俺たちの間にいつの間にか挟まっていた2枚の紙を指す。
固そうな紙だが………写真???
「なんだろうね、見てみよっか?」
「ああ、見ても別に問題はねーだろ?」
「っ!!!!!!!!コレっ!?」
何ぞ図らん、写真には、俺たちのキスシーンと居眠りシーンがっ!!!
だっ、誰だっ!?こんな恥ずかしいもん残していきやがったのはっ!!!
………!あ、あのドナルド・ダックのヤローか!
あいつめ、次にあったら容赦しねーぞ………
「やっぱ、パレードって生でみるとすっごく綺麗だよね!あ~マジ感激っ!キラキラ光って幻想的っていうか~」
「たしかにそうだな」
「あんた、本当にちゃんと見てたの?ミッキーもミニーちゃんもとっても可愛らしい服で、抱きしめたいくらいだったじゃん!」
「ん、まあな」
「なんか反応薄いんですケドー。もっとしっかりしなさいよね」
ナイトパレードは、盛況のうちに幕を閉じた。
豪奢に飾り立てた車列が通る度に、桐乃は大きな歓声をあげて楽しんでいた。
だけど俺にとっては、パレードの光に照らし出された桐乃のほうがずっと綺麗で、パレードが終わるまで、ずっと桐乃の事ばかり見続けていた。
パレードが終わった後、俺たちは当初の予定通り、隣接するホテルで一泊した。
念のため言っておくが、おまえらが考えるような事は『何も無かった』からな!いや、本当に。
シャワーを浴びる桐乃にドキドキしたり、ベッドの中に入り込んでくる桐乃にドキドキしたくらいで、俺は一切、何も、やましい事はしなかったからな!
そうそう、件の写真だが、あまりにも恥ずかしいので、桐乃に『捨ててもらった』からな。
これで、俺があの写真を処分した事は確実なわけで、これに関しても何もやましいところは無いぜ?


―――翌日、俺たちは朝早く、電車で家に戻った。
勿論、桐乃とは別の便で、時間をずらして、だ。
だが………
「ただいまー」
「おかえりなさい、京介。大事な話があるわ。桐乃と一緒に………ね。」
「お、お袋………」
考えられる限り最悪の展開が頭をよぎる。
まさか、俺と桐乃がそういったコトをしてきたと誤解されてる?
いや、とりあえずまだだ、お袋の話を聞いてからでも遅くは無い。
リビングに入ると、桐乃は真っ青になって、椅子に座っていた。
親父は………いない。
「桐乃、大丈夫か?」
「う、うん………」
そんなこと言って、おまえ、今にも倒れそうじゃねーかよ?
「桐乃、別にあたしは怒っているわけじゃないから、落ち着いてね。」
「お、お母さん………」
「桐乃も、京介も、友達のところに行って楽しんできた後で悪いんだけど………」
えっ?全然バレてねー?
桐乃の方を向くと、桐乃もきょとんとした表情で、俺を見ている。
そんなあからさまに安心した表情すんなよ。逆にバレちまうだろうが。
でも、その後に続いたお袋の言葉は、あまりにも衝撃的だった………


「もっと前からあなたたちに言わなければいけなかったんだけど………京介、あなた、本当はあたしの子じゃないの」

えっ?何、何を言ってるんだよ、お袋?
俺は、この家の長男で、桐乃の兄貴で………?
「うそっ!うそでしょっ!ねえっ、お母さんっ!」
先に激発したのは桐乃だった。
目からは大粒の涙がこぼれ、端整なはずの顔もめちゃくちゃに歪み………
こんな桐乃、今まで見た事が無かった………
俺に彼女が出来た時ですら、こんな事にはならなかったのに………
お袋も、あっけにとられ、一言も声を出せないでいる。
「っ!」
沈黙に耐えられず、桐乃はリビングを飛び出していく。
「お袋っ、桐乃の事は俺に任せてくれっ!」
すぐさま追いかける。
階段を駆ける音が聞こえる。
桐乃は家を飛び出したんじゃない、自分の部屋に戻るつもりだ。
俺も慌てて階段を駆け上がる。
「待て、桐乃っ!」
「ヤダッ!」
「やだじゃねぇっ!」
2階にたどり着く。
桐乃は、自分の部屋か………?
いや、良く見ると、床に落ちた透明な雫は、俺の部屋へと続いている。
「桐乃、入るぞ?」
返事を待たず、俺は部屋へと入る。
桐乃は、俺のベッドの上、俺の布団に包まって泣いていた。
まるで、居なくなってしまった兄を、兄の使っていた道具に求めるかのように………
「あたしたち、バカだよね?これまでさんざん、兄と妹って関係に悩んで、苦しんで。やっと、本当の兄妹になって、それ以上の関係になろうとして、それなのに………それなのにっ………」
「桐乃………」
「昨日、兄貴に大好きって言われて嬉しかった。京介はあたしの兄貴で、絶対に一生離れることは無くて、そのうえ、あたしの事一番に考えてくれるって………結婚とか出来なくても、あたしには一生の伴侶がいるんだって………」
「俺は今だって、おまえのことが大好きだよ。おまえを手放す事なんてできるかよ」
「ありがと………京介」
違うのか?おまえの求めてる答えは違うんだな?
「でも、京介って、エッチだし浮気性だし、あたしより魅力的な娘がいたら、すぐに惹かれていっちゃう………」
「そうだな。よく、言われる………」
「あたし、これまでは、安心してた。兄貴とどんなことがあっても、兄貴は兄貴なんだって………ずっと傍にいるんだって。でも、あたしの兄貴は居なくなっちゃった………もう、手に入らないの。ねえ、どうしたらいいの、あたし、どうすればいい?」
分かったよ。おまえの気持ちが。
だから、俺もそれに答えてやらないとな。
「桐乃、結婚しよう」
「な、何いってんのよ、あ、あんた!?」
「悪ぃかよ?俺は兄から夫になる。おまえは妹から妻になる。ただそれだけの事だろ?」
「だ、だって、兄妹で結婚って………あっ………」
「結婚して、浮気をする暇もないくらいエッチして、子供も作って、兄妹の関係に負けない強い絆を作っていこうぜ」
「き、京介、え、えっちって………」
「今までよりもっと強い絆を作るって言ったろ?心も体も一つになりゃいいじゃねーかよ!」
「心も………体も………」
へっ、我ながらなんつー恥ずかしいセリフだよっ!
極端にすりゃー、これまで妹だった女の子にエッチしようぜって迫ってるわけだからなっ!
だが、何にしても………
「ちょっとは落ち着いたか?」
「………うん。でも、あんた恥ずかしすぎ。け、結婚しようって所はともかく………ぶっちゃければ、あたしにえっちしようって迫ってただけじゃん?」
「は、ははっ………」
バレてーら。
「でも、なんとなく分かった。」
「ん?何がだ?」
「結局の所、あんたは、兄貴のままだってこと………」
「そうだな。その通りだ」
「そして、あ、あたしの、か、彼氏だって事………い、言わせないでよっ、恥ずかしいんだから」
結局、血縁があろうが無かろうが、これまで過ごしてきた桐乃との時間は無に出来ることじゃない。
またそれとは逆に、血縁があろうが無かろうが、お互い好きになってしまったって事も、同じように決して覆せない事実だ。
まあ、そんな小難しいことはともかくとして、だ。
俺は桐乃に近づいていく。
「それで、まだ答えを聞いてないんだが?」
「えっ?」
「ほら、その………結婚しようって事の、な」
桐乃の顔が羞恥に赤く染まっていく。
ほら、そんなにほっぺた膨らませるからマル顔なんて言われんだぞ?
「京介………あたしをお嫁さんにもらってください」
「ああ、愛してるよ、桐乃」

俺は桐乃を抱きしめ、耳元に、こうささやいた。
「わたくし高坂京介は、高坂桐乃を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓います。」

桐乃も、俺の耳元でささやき返してくる。
「わたくし高坂桐乃は、高坂京介を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓います。」

俺たちはお互いを見つめ、微笑みあう。
誰に認められたというわけでもないが、そこには夫婦としての一歩が確かに刻まれたように思う。
「その………京介さん」
「な、なんだよ、急に改まって」
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
なっ、なぁっ!?お、俺の妹がこんなに―――
「なーんて言うとおもったあ?あーマジおかしーーーwwwい、いくらなんでもっ、そこまで変わるわけないじゃんwwwお、おなか痛いwww」
ひっでぇ………。おまえら、これが俺の妹様兼妻ですよ?
マジ可愛くねーよな!!!


実は、この話にはちょっとした続きがある。
この後、桐乃と愛を確かめ合った後………念を押しておくが、もう夫婦みてーなもんだし、やましくなんかないからな?
リビングに二人で降りてくると、げっそりとした状態のお袋がいたんだが………
「え、えーとね?京介、桐乃?もう、色々あった後でこんな事言うのもアレだけどね?さっきの、冗談、ね。」

………………………………………………………ハァ?

「どどどどどどういうことだよっ!?」
「京介は、完全完璧にウチの子だから、安心していいわよ~………」
お、お、お袋っ!?やりやがったな………つか、桐乃さん?そんな黒いオーラだしたら、俺もちびっちゃいますよ?
「お母さん。どういうことか、説明」
「その、ね、麻奈実ちゃんから、二人の仲を認めてあげてって、説得されてたんだけど、本当にそこまで進んでるのか気になるじゃない?」
で、自爆ですか?
「それで、賭けになっちゃって、兄妹じゃないって嘘ついて、関係が変わらなかったらあたしの勝ち、進展したら麻奈実ちゃんの勝ちって、ね?」
「つか、一歩間違えば家庭崩壊の危機じゃねーかよ!?」
「あたしも今回ばかりは本当に反省してるから、許して、ね、桐乃?」
「分かった。でも、お父さんにも認めさせる。これ、条件ね。もちろん、あたし達自身も説得するケド。」
おお、やさしいじゃねーか。
俺だったら日頃の恨みを晴らすとこなんだが、まあ、桐乃が満足すれば十分かな?
だが、お袋の次の一言もまた、俺たちを驚愕させるには十分だった。
「それ、もう大丈夫よ」
「「………は?」」
「ええとね、お父さんは、だいぶ前から京介にほれ込んでてね、『桐乃を任せるのは京介以外ありえん』っていつも言ってるわよ」
「冗談みたいな話だな………」



お袋と話した後、再び俺の部屋で話しあう。

「兄妹………だったな」
「だったね………」

でも、別に、そこにあるのは絶望なんかじゃない。


「でも、ここまで来たら、大した違いじゃないよな?」
「うん。そうだね」
俺は、桐乃を抱きしめて、もう一度想いを伝える。



「桐乃、愛してるよ」
「あたしも、愛してる、京介」