最初に救急搬送された総合病院から
容体が落ち着いて
個人の脳外科に転院となって1か月が過ぎたころ
家に帰りたいと訴え始める父。
家に帰るとなると、父親の食事管理をするのは母親になるわけですが
病院なら減塩食でリハビリもやってくれる、
もう少し入院して
もっとしっかりしてからじゃないと受け入れられないという母。
しかし退院すると騒いで
医者と家族と父親で話し合うことになります。
同席したのは
父親、母親、わたし、弟夫婦。
医者はもっと入院していたほうがいい、自分で生活するにもマヒが残ってるから
まだ危ないと伝え、母親も受け入れられないと説得すると
母親の世話にならない、アパートで独り暮らしする、という
子どものような駄々をこね始めます。
主治医が「1人でどうやって食事をするんですか?自炊できないですよね?」というと
惣菜を買ってくればいい、後ろに塩分の量が書いてある
「塩分だけを管理すればいいわけじゃないんですよ、
コレステロールも脳出血のリスクを高めますよ?どうするんですか?」
同席した私たちも呆れ、しびれを切らした義妹が
「じい、退院したいならばあにお願いしますって言えばいいんじゃないの?」
と一言大正論を言ったことで義妹にロックオン。
これがきっかけでここから10年以上
義妹のことをずーーーーっと根に持っていて
事あるごとにこのエピソードを蒸し返すんですが
義妹は他人なのにこんな家族に介入してくれて
私は感謝しかないわけです。
でも、父親にとって義妹は「嫁」
嫁が自分に意見をするなど
もってのほか。
やむを得ず、母親が退院を許可しますが
当然母親への感謝はなく
麻痺の残る身体で車の運転ができない為
自転車で
相変わらず朝から夕方まで自由気ままに出かける日々。
自転車ごと側溝に落ちた、とずぶぬれで帰ってきたこともあります。
と、これが父親の人格を物語るのにこの上なくわかりやすいエピソードかな。
うん、今日も吐き出してスッキリ。