罪と罰について | ゆのグ

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日記・文章の練習。人に見せる気全く無し。

思いついた事をつらつらと。

一度非凡人を目指したら、生中な事では凡人に戻れない。
ラスコーリニコフのように突き抜けた行動を取り挫折しても、現実では「変な人」程度にランクダウンするだけで凡人にはなれない。
初めて罪を告白した時にはまだ非凡人に未練があるように見えるが、ラストでは吹っ切れている。それはラスコーリニコフがソーニャへの愛に気付いたから。自分の中の非凡人にはなれなくとも、誰か一人であってもその人の特別であればいいのかもしれない。
…我ながら寒い文章だ。

今回はソーニャの感情の変化に注目して読んでいたが、やっぱりラスコーリニコフに惚れる要素がわからない。「すべて下さいましたのね!」の所位しか心当たりがない。
信仰者としては身を切っての喜捨に打たれる所もあるだろうが、本人はそうした信仰で金をやったのではなく、勘違いのままなし崩しで「流刑地にだってついていきますわ!」とはならないだろう。
よくわからない。