しょっぱなからすごい書いています。
だっておやすみでひまなんだもーん。
2個前の記事のバリ島。
なんでインドネシアのなかでバリ島だけが、観光のターゲットとなったのか。
他にもいーーーーっぱい小さな島、トロピカルな島はあるのに、なぜバリ島なのか。
ちょっと疑問じゃありません![]()
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疑問じゃなくっても今回はこの話。
しまーるの友人がバリの観光開発について卒論の為の研究をしていた為、そこで教えてもらった情報を横流し(イヒヒ 悪どい)します。
まず、バリが観光として目を付けられたのは、オランダによる植民地時代に、オランダが
「あ~なんて素敵な島なんだ、ここは!」
と目をつけたのが始まりでした。
バリ島前にも行ったようにイスラム国家インドネシアでは例外に近いほとんどヒンドゥー教の島。
しかも自然が豊富で、独特のバリ・ヒンドゥーが強く残る島だったのです。
オランダ人の癒しの場となり、政治的効果を期待する為に始めは行っていたバリ文化の保護が、現在に至るまでのバリ文化の継承に繋がっているのです。
つまりバリ島の魅力を広めることが出来たのもオランダや諸外国の人がここまで目をつけなければありえなく、今のバリの姿はなかったといえる
...らしいです。
だってイスラム国家だもん、少数派ヒンドゥーのバリ島はもし、オランダや諸外国が目をつけなければ、今頃イスラムの島になっていたかも![]()
ここまで簡単にまとめすぎましたね。
でそこから、インドネシアの中央政府は目をつけます。
「ほうほう、バリは外国人にウケルのかぁ~ これはつかえるっ
」って感じで。
そこで、当時のスカルノ大統領によって、観光開発が行われたのです。
たとえば、
バリ人芸術家の援助
海外からの来訪者に名所として紹介
日本の戦争賠償金でバリ・ビーチホテルを建設 などなど。
そして次のスハルト大統領も
ングライ空港を国内空港から国際空港に生まれ変わらせ(1969)、いまや高級ビーチリゾートのヌサドゥアを一大観光地区に。
次々とバリは、世界のバリへと歩みを進めていったのです。
つづく。
あーつかれたから今日はこの辺で。

