そうこの日のインドネシアは少しちがいました。
インドネシアでは知らぬものはいない、あの方がなくなった日だったのです。
1月27日
この日昼間、しまーると友達しまーるはジャカルタで観光をしていました。
そのとき、すごい勢いでウーウーウウーとサイレンがなっていたのを覚えています。
ジャカルタではスディルマン通りしかしまーるはしりませんが、要人がこの通りを通るとき、サイレンを鳴らして、「通るぞー、道あけろー」と白バイ先頭に道がさーっと空けられます。
だから学校にいるときも、家にいるときもこのサイレンがなれば、「あー大統領通ってんなー」とわかります。
そのひのサイレンは久しぶりに聞いたこともあったのでしょうが、いつもより大きな音だったきがしました。サイレンのあと、インドネシア人の友人のケイタイにSMS(メール)が、
「スハルトしんじゃったって!!」
スハルトといえば、インドネシアで32年のあいだ独裁政権を貫いたインドネシアでは知らぬひともいないほど有名な元大統領。冷徹で知能的な政策でインドネシアのカリスマとして有名で日本でもしまーるたちは大学の授業でもスハルトの名前を何度も聞きました。
ずいぶん前から入退院を繰り返していたようですが、ちょうど1月27日に他界されたとのことでした。
なんだかたまたま特別っていったらへんだけど、特別な日にインドネシアきちゃったなーってのがしまーるの印象。
ちょうどそのときしまーるたちはジャカルタはつの友人達をつれてモナス(Monument National)へ
しかもモナスではアメリカ反対的なデモが行われていました。
モナスとデモ
ちなみに、しまーる達をモナスにつれていってくれたのは、中華系の友人。
1998年にジャカルタでは大暴動があったので、中華系の友達はデモには結構敏感な子が多く(特に自分と何の関係のないデモでも飛び火があるかもしれないので)、その子も例外じゃなく、デモをみた瞬間、「あ、やばいかも」とつぶやいていました。
そこにスハルト元大統領ご逝去のニュース。
インドネシアってニュースとか噂、携帯電話のSMSでパーッと広まるんですよね。
「ねぇねぇしってるー?」ってのがおっきなニュースがあるとバシバシ。
だからきっとデモの人たちもしってるはず。
ということでしまーるの友人(中華系インドネシア人の)はもーびびりまくり。
なにがあるってわけじゃあないんでしょうが、
「はやくかえろーよー」
「かえったほうがいいかもしれない」
「かえらないといけない」
「かえる」
と駐車場方面に1人で歩きだしてしまいました。
まぁびびっていたので1人じゃ駐車場へもいけてなかったけど。
やっぱりデモって日本ではそこまでないし、日本人のしまーる達からしても威圧感があってびびってしまいますよね。
このスハルト大統領ご逝去のニュース。
インドネシアでは結構盛大にニュースでやっていて、翌日スハルト元大統領がソロで埋葬されるときは朝からずーっとニュースをどのチャンネルもやっていました。
いつもは朝からアニメを放送しているテレビ局もこの日は「selamat jalan pa haruto」と、埋葬ニュース一色。
でも国民感情は意外と冷静だそうで、
この日モナスであったデモのように、デモもこのニュース時も正常通り行われたり、
普通でしたね。
けど国自体はそこから1週間の喪に付して、
国旗が半旗になっていました。
このスハルト元大統領のご逝去というニュースからしまーるの今回のたびは始まったのでした。