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しまーる日記  

インドネシアがすきで、たびがすきで、ねこがすきなしまーるのjalan-jalan日記です。

でも最近jalan-jalanはなかなかできないので日々のことを綴っていきます。

旅行行って気がついたら食べ物の写真がほとんどでしたー

どんだけ食べ物に執着してるんだしまーるはっ!



今回ジャカルタに行ったとき、初ジャカルタの友人に是非食べさせたいものがありました。

別にジャカルタじゃなくっても、ジョグジャでもバリでもどこでもたべれるんだけど、

しまーるがしっているその食べ物の中でイチバンおいしいのはジャカルタだったのです。


その名は、

「Martabak manis」  マルタバッ マニス

別名は

「terang bulan」  トゥラン ブラン

です。


まずはお写真からどうぞ。


martabak

ちょっとわかりにくいですが、こんなかんじです。


どんなお味かは後にして、



まず分かりやすくマルタバッ調理の行程をみてみましょうか。


まず、生地を焼きます。結構大きくって、直径で25センチくらいあります。(しまーるのイチバン好きな屋台はイチバン大きいサイズです、他はもう少し小さいかな)


martabak2



焼けたらひょいっと移動して、




martabak3



焼けた生地はこんな感じ。おっきな生地のあつーいホットケーキみたいな感じですね。

martabak4



そしたらトッピングー音譜

しまーるのお気に入りはチョコ&チーズ&ナッツ。

このチョコ&チーズ、始めは「ないっしょー」と思うんですが、実はすっごくあうんですよ。

インドネシアではクレープなどにもあって定番の組み合わせ。

チョコの甘みとチーズのしょっぱたまらないラブラブ!

もーよだれジュルッジュルッですわー。


martabak7
このチーズがまた、おいしいっドキドキ角切りチーズをしゃしゃしゃーっとおろしてかけるんです。







それからカットをはじめます。


martabak6






食べやすいように切って、

martabak8

はい、最初の写真に戻ってできあがり!







いかがでしょうか!?おいしそーでしょー。しかもバターもコンデンスミルクもたっぷりでほんとうに甘くってボリュームあって、おいしいんです~恋の矢






このマルタバッ マニス ほんとうにおススメです。


ちなみ、マルタバっという名前だけだと、お好み焼きを揚げたようなしょっぱい食べ物です。
たいてい同じお店でマルタバもマニスも扱っています。


あとあと、トゥランブランだと、通常はマルタバッマニスより少し小さいようですね。



このマルタバっ、チョコ、チーズ、たっぷりバター、コンデンスミルクなのでハイカロリーなこと間違いなし。
けどおいしいもーん。



あーマルタバッたべたーい。
  

そうこの日のインドネシアは少しちがいました。

インドネシアでは知らぬものはいない、あの方がなくなった日だったのです。



1月27日


この日昼間、しまーると友達しまーるはジャカルタで観光をしていました。

そのとき、すごい勢いでウーウーウウーとサイレンがなっていたのを覚えています。


ジャカルタではスディルマン通りしかしまーるはしりませんが、要人がこの通りを通るとき、サイレンを鳴らして、「通るぞー、道あけろー」と白バイ先頭に道がさーっと空けられます。

だから学校にいるときも、家にいるときもこのサイレンがなれば、「あー大統領通ってんなー」とわかります。



そのひのサイレンは久しぶりに聞いたこともあったのでしょうが、いつもより大きな音だったきがしました。サイレンのあと、インドネシア人の友人のケイタイにSMS(メール)が、

「スハルトしんじゃったって!!」

スハルトといえば、インドネシアで32年のあいだ独裁政権を貫いたインドネシアでは知らぬひともいないほど有名な元大統領。冷徹で知能的な政策でインドネシアのカリスマとして有名で日本でもしまーるたちは大学の授業でもスハルトの名前を何度も聞きました。


ずいぶん前から入退院を繰り返していたようですが、ちょうど1月27日に他界されたとのことでした。

なんだかたまたま特別っていったらへんだけど、特別な日にインドネシアきちゃったなーってのがしまーるの印象。


ちょうどそのときしまーるたちはジャカルタはつの友人達をつれてモナス(Monument National)へ


しかもモナスではアメリカ反対的なデモが行われていました。



monasu


                             モナスとデモ



ちなみに、しまーる達をモナスにつれていってくれたのは、中華系の友人。

1998年にジャカルタでは大暴動があったので、中華系の友達はデモには結構敏感な子が多く(特に自分と何の関係のないデモでも飛び火があるかもしれないので)、その子も例外じゃなく、デモをみた瞬間、「あ、やばいかも」とつぶやいていました。


そこにスハルト元大統領ご逝去のニュース。


インドネシアってニュースとか噂、携帯電話のSMSでパーッと広まるんですよね。

「ねぇねぇしってるー?」ってのがおっきなニュースがあるとバシバシ。

だからきっとデモの人たちもしってるはず。


ということでしまーるの友人(中華系インドネシア人の)はもーびびりまくり。

なにがあるってわけじゃあないんでしょうが、

「はやくかえろーよー」

「かえったほうがいいかもしれない」

「かえらないといけない」

「かえる」

と駐車場方面に1人で歩きだしてしまいました。


まぁびびっていたので1人じゃ駐車場へもいけてなかったけど。

やっぱりデモって日本ではそこまでないし、日本人のしまーる達からしても威圧感があってびびってしまいますよね。




このスハルト大統領ご逝去のニュース。

インドネシアでは結構盛大にニュースでやっていて、翌日スハルト元大統領がソロで埋葬されるときは朝からずーっとニュースをどのチャンネルもやっていました。


いつもは朝からアニメを放送しているテレビ局もこの日は「selamat jalan pa haruto」と、埋葬ニュース一色。


でも国民感情は意外と冷静だそうで、

この日モナスであったデモのように、デモもこのニュース時も正常通り行われたり、

普通でしたね。


けど国自体はそこから1週間の喪に付して、

国旗が半旗になっていました。



このスハルト元大統領のご逝去というニュースからしまーるの今回のたびは始まったのでした。









日本との往復、しまーるが今回乗ったのはやっぱりガルーダインドネシア航空飛行機

なんだかんだ世間で騒がれてるけど、インドネシアで1年過ごしたしまーるにとって他の航空会社とは比べ物にならないくらい立派な航空会社におもえるのですガルーダは。

客室乗務員さんがみーんなインドネシア人なのもポイント高い。

乗ったときからぁぁぁあぁドキドキインドネシアっておもえるガルーダ。

しまーるはだーいすきです。



今回の旅行。

行きはしまーる人生初の二階席。

お二階ですよ、お二階アップ


世間では、煙と何とかは高いところがすきとかナントカ言われてますが、

しまーるもその例によって、二階ってだけで興奮。他の友達二人から窓際を奪い取り、窓にしがみついてフライトをまちました。


お天気は曇り。

離陸も順調。

サービスのピーナッツもおいちぃーアップ(喜びがちっちゃい 笑)

とご機嫌で一路まずはデンパサールまでのフライトを楽しんでおりました。


そのとき、

しまーるは気づいてしまったのですビックリマーク

身体に襲い掛かる違和感に!!


お、おしりのあたりがもぞもぞ、さわさわされてるー!?

ち、ちかんー!?

なになにー!?


とおもってみてみるといすの角の部分から後ろのひとの足がっあし

お分かりでしょうか。

いすの背もたれと座るところの間、90度の部分からうしろのひとのリラックスした足がね。

ちょろんととびでてんですよね。


しまーるが動いたらうしろのかたも「わぁ前の席だったのかぁっ」とおもったらしくしゅーっと足は去っていきました。


ちなみに後ろは若い女性二人組み。

ちかんでゃなくただのリラックス。

うしろの方も背もたれといすの間があいてるなんて思っていなかったでしょうね。だって飛行機だもん。


そのほかにも上のリーディングランプがつかない、

ブックラックがだらーんとかわれてるー的なことが少々ありますが、まぁ気にしない。

だってインドネシアっぽいもん。

そういうとこすきだもん。


基本飛行機には窓があって、ブランケットがあって、寝れればいいのでしまーるはきになりません。

ちょっと笑えるけど、まぁガルーダだし。

直行便利だし。

好きだし笑。


要は好きでカバーですよね。



順調なフライト後、乗り継いで、国内線に乗りました。




そうそうそのとき、デンパサールージャカルタ間での機内食です。



機内食


ミニハンバーグセット(魚のクルクップ付き)

おいしそーでしょーはてなマーク


日本ーデンパサールの往復の機内食よりしまーる好みのおいしいお味でした。

ハンバーグが肉肉しくって、うーん美味。




そして夜9時前ころにジャカルタに到着。

VISAを買うのにカウンターが1窓口しか置いておらず、1時間並んで待つ。

ここもインドネシアっぽいけど、くるの分かってんだからもうすこしあけといてくれよなぁー。



とにかく半年ぶりのジャカルタへ降り立ったのです。