ブログの存在無視しして2週間。失業よりも何よりも、愛猫を亡くしてからの立ち直りまでしばし時間を要しました。

もう大丈夫。ではないけれど、前へ進まねばならぬ。とか何とかいって、実は毎日が楽しい。平日にすべきこ

と、行くべきところがない、というのはす、すばらしい!(怠け者)と、自由を謳歌しているわけですが、それ

も今のうちなのだろう。就職活動は失業保険の手続き済むまで考えないことに決めている。こんなんでいいのか

、ともう一人の自分が囁いているのが聞こえるけれど、今はよいのだ。昨日は近所のスーパーで買った特製ジ

ャンボおむすび(おむすびの各々の頂点付近に昆布、梅干、鮭がぎっしり詰まっている。コンビニおむすびの2

倍くらいの大きさ→すごい説明・爆)とパックに入った惣菜、“大根と手羽鶏の煮物”を買って、公園のベンチで

食した。ほっともっとのお弁当なら、公園でのひとりランチもまだ格好がつくが、緑の木々揺れる中、家庭の晩

ごはん用と思しき惣菜パックに貪りつく、失業中のプレ中年女。しかも“大根と手羽鶏の煮物”のいかにもなチョ

イス。ラップについた甘辛しょう油のベタベタや、特製ジャンボおむすび片手に割り箸、と両手塞がれ穏やかな

ランチタイムではなかったが、緑の下でいただく食事は実にありがたく、美味しかった。こんなことでも楽しい、

と思えてしまうのですがどういったことなんでしょうか。やはり平日仕事していたときにはできなかったことだから

こそ、充実感があるのだろう。それはそうと、公園でランチ終えたあとの自分の独り言。

「あぁ~、んん~、おいしいねぇ~~~っ」

てもうオバサン入りすぎ(爆)幸い周りは誰も居なかった。(当たり前だよ)

ではー
嵐のような10日間を過ごした。実家で飼っていた12歳の愛猫が不治の病にかかっていたことがわかってからと

いうもの、夜も眠れずソファで寝返り打つ日々が続いた。肥大性心筋症、急性心不全。病院へ連れて行った時

にはすでに末期で、職場での最終日を迎える数日前に逝ってしまった。自分の意識が無くなればいいのに。そ

うすれば愛猫の死を受け止めずに済むのに。毎朝目が覚めるたびに自分の存在に嫌悪した。しかしいつもの自

分を無理矢理装い、職場の引継ぎと送別会を終えた。たった10ヶ月しかいなかった職場。いただいたカードに

は皆が示し合わせたのかと思うほど、同じキーワードが記されていた。「キャラクター」「天然」「楽しい」

「笑い声」。こんな印象しかない私。しかし部長の締めのあいさつが心に残る。「彼女は周りの皆が言えない

ことを、遠まわしだけど言葉にできる。勇気ある子だな、という印象があります…」そんな覚えは全くないのだけ

ど。知らず知らずのうちに"opinionated "が頭をもたげてしまっていたんだろう。上司には服従が鉄則なの

だ(ろう)から、外資とはいえここの職場でもダメなやつだったのだろう、私は。そして皆へ取りあえずのさよな

らをした。

こうして会社生活へひとまずピリオドを打つ。その後に何が残る?

一緒に暮らした愛猫はこの世にもういない。病の痛みを代わってあげられなかった苦しさと、彼を亡くした哀しみ

以上に何が残るのだろう。

自分の中の感情ブランコが大きく揺れ、小さく揺れ、乱れている。乱れたまま、体と頭を横たえて眠りという無

意識の行為へ身を委ねる。何も感じない自分であればどんなに楽だろう。欲望とか期待とか無くて

も生きてゆける。そんな風に思えることは実ははじめてかもしれない。


最近ほっとんどテレビを見ない。なぜならうるさいから。

しかし昨日は雨の一日だったのでじっと家で無為な時間を過ごしていた。

で夜テレビを久々つけてみたら、IPPON という大喜利芸人日本一を決める番組をやっていた。

そして、見始めたらかなり引き込まれてしまっていた。

どの芸人さんも発想の瞬発力というのがやはりすごいし(ナベアツさん&近藤春菜さんを除く)、不発やイマイチはあ

れど、短い時間で捻出したアイディアをアウトプットできることはやはり一種の才能だろう。ま、そんなよくある素人批

評は置いといて。これ見てよかったなーと思ったのが、バカリズム氏の笑顔なのだ。この人はかなり人のいい人、とみ

た。笑顔を見ればどんな人なのか想像がつく。子供のように無垢な笑顔なのだ。番組観ていた方々、そう思いませ

んでした?お笑いがすき、だから面白いことに反応して笑う。のは他の芸人さんも一緒。でもこの人の笑顔は他の人

とちょっと違うんだよなぁ。彼の普段のネタも好きだが、それ以上に興味深い人物である。

ではまた