近鉄西ノ京駅で下車して徒歩で薬師寺へ向かいました。薬師寺は1300年の歴史をもつ世界遺産です。諸堂は度重なる災害で灰燼に帰し、大半は昭和40年代以降に再建されたものです。食堂側の興楽門(きょうらくもん)から入りました。
奈良のお寺については、この大空間がいいなと思います。日本独特のちまちまとした感じではなく、大陸のおおらかさがあって。
金堂と東塔。
アメリカの東洋美術史家・フェノロサが「凍れる音楽」と評した東塔。創建当時より唯一残る建物です。六重に見えますが三重の塔です。前回訪れた時(10年前)は修復工事中で覆いの中でした。令和二年に修復完了しました。
ここで思い出した本。宮大工・西岡常一氏へのインタビューをもとにした本です。西岡氏は薬師寺西塔、金堂を1300年前の姿で再建させた方です。
代々、法隆寺大工棟梁に伝えられてきた口伝というのがあるそうです。その言葉は本当に沁みるものが多いです。いくつかWikiから引用します:
+宮大工は1000年先を見据えた仕事をしなければならぬ。
+堂塔の建立には木を買わず山を買え。
+木は生育の方位のままに使え。
+百工あれば百念あり。一つに統ぶるが匠長が裁量なり。
木は生育のままに使えというのは、例えば日陰に育った木は建物の日陰になる部分に使うととても良い仕事をする。湾曲している木はそのクセを活かす場所に組み入れることでとても強い建材として使えると仰ってます。こういう考え方って人材を育てる場面でも応用できるのだろうなあって思いながら読みました。一方で現代の一般家屋に使う建材・・製材所で同一規格・採寸での大量生産です。生育の方位とか元の形状とか考慮に入れてたら採算が合わなくなりますね。西岡氏の考え方に照らしあわせてみたら建てられた家が一世代でガタがくるのも当然のことなのかなって思いました。💦
再建された東塔。
金堂。この中に薬師三尊像が安置されています。
撮影できなかったので写真はありませんが、中央に薬師如来、両脇に日光、月光菩薩、更にブッダの十大弟子の精悍な立像、大小の像などが如来像を守るように配置されています。
この旅で一番心に残った経験がこの時でした。仏像の前に座っていたら不思議なくらい心が安らぐのを感じました。お堂の中は、とても温かくて優しい空気がありました。見る側の心情にもよるのかもしれませんが、私は暫く仏像の前から動けなくなりました。教科書にも載っている国宝の仏様。でもそんな知識とは関係なく仏さまから放たれている波動みたいなもの。あの感覚は何なのでしょう。きっとあの空間に身をおかないと感じられないだろう慈愛に満ちた空気。
金堂から大講堂をみる。
また逆戻りですが南門のほうへ。
今度は玄奘三蔵院のほうへ。こちらは更に人が少ないです。写経とかここでやってるのですね。
この後ろにある西域壁画殿には平山郁夫画伯の大唐西域壁画が納められています。乾いた砂漠地帯の空はとても深い青色。ラピスラズリを使って再現されています。
10年ぶりに訪れた薬師寺でした。白鳳時代の仏像の気品と優しさにとても癒されました。この後は近くにある唐招提寺へ。