5年前の米国大統領選の際、トランプ大統領を熱狂的に支持していたのはこうした人々であると当時、現地で話題になった本です。アメリカの現実を知るために読むべき一冊かもと思って取り寄せたのですが、なかなか手をつける機会がないままでした。💦 現在は邦訳版も出てますが、せっかくなので原書でチャレンジ。

 

ヒルビリーというのはアメリカの「田舎者」みたいなイメージ。この本ではグローバル化の発展に取り残された地方に住む白人労働者階級の社会が描かれています。著者はそこで生まれ育ちました。長じてからは海兵隊に入隊、その後、州立大学で学び、エール大学のロースクールを卒業後、弁護士になったという異色の経歴を持つ人物。

 

少し前に読んだハーバード大学のサンデル教授の著書でも書かれていた格差の現実が、この本では当事者がそれを書いているだけに綺麗ごとでないリアリティでもって迫ってくる感じがしました。物心ついた時から貧困とドラッグ、暴力が普通に周囲にある日常です。身内に大学進学する者もなく、身近にいるのは、仕事を持っても続かない、自らの不幸を自分以外のものがそうさせたと責めて、何も努力しない人たちでした。著者自身の体験として、小さい頃から父親が何度も入れ替わり(回転ドアのように・・って表現されていて哀しかったです。)、母親はヤク中で、家の中には常に言い争いがあり、暴力があり、心落ち着いた生活とは縁がなかったと。これら負の側面は親から子、そして更にその子へと連鎖が続いていくとも書かれてます。著者は自身の努力によってその負の連鎖から抜け出すことができました。それは彼自身の努力による部分もありましたが、一方で彼には「地頭の良さ」と「努力できる能力」があり、彼をサポートしてくれる祖母をはじめとする身内や教師らがいました。サンデル教授がいうところの「たまたま運よくそうだった」という側面があったのです。世の中には生来的に「努力できない」人たちもいます。そして若い頃から貧しさと不安定さに取り囲まれ、人生のロールモデルになるような人物が身近にいなければ・・、自身を客観的に捉えたり、将来のことを考える余裕さえないのでは、と。

 

著者自身、ある時期まで合皮と本革が別ものだと知らなかった、ゴルフにTargetで買ったローファーをはいて行ってしまった、ワインの銘柄を知らなかった、パジャマは金持ちが着るものでヒルビリーは下着かジーンズで寝るものだと思っていた・・など、いろんなエピソードが書かれてましたが、とりわけ印象的だったのは彼がロースクールに進学してから出会った恋人と意見が対立した時のエピソードでした。意見の相違は互いに相手を理解するためのフェーズであると考える恋人に対して、著者にはそんな考えがなかったのです。彼やその家族の場合、意見が相違する相手は「敵」であり、言葉は「武器」であり、相手との言い争いは自分を守り、生き残るための「戦争」であると考えていた、というのです。人間として必須の基本的なコミュニケーションの方法さえ子供時代に大人たちから教えられていないのです。この箇所を読んだ時、昨年の大統領選時のトランプ大統領支持者らによる議事堂襲撃事件を思い出しました。直接的な暴力に訴えることを安易に選んでしまった襲撃者らのことを。

 

ヒルビリーの立場からみると、オバマ元大統領は物腰も話し方も洗練されていて、まるで「大学教授」のようであると著者は言っています。自分たちが暮らす世界では全く縁のない人物、みたいな意味で。一方でトランプ元大統領の粗野で感情をむき出しにした話しぶりは、彼らの日常の会話そのもの。2016年の大統領選で、当初は泡沫候補といわれていたトランプ氏が急速に支持を広げていったのは、彼こそがヒルビリーのひとたちの鬱屈した思いを言葉にして、体現してくれる「親分」みたいに映ったのでしょう。一年前の大統領選でもトランプ氏はバイデン氏と接戦でした。トランプ氏を支持する勢力は決して衰えていない。それはいまもアメリカ社会を分断する問題が解決されていないことの証左かと思いました。

 

読み終えて、これはアメリカだけのことなのか?いや、日本でも結構似たような状況があるのかもと思いました。注視していきたいです。なんとも生きにくい今の世の中。いろんなことを考えた一冊でした。