12本目。
原題:In den Gangen
監督:トーマス・ステューバー
キャスト:フランツ・ロゴフスキ、サンドラ・フラー、ペーター・クルト
ライプツィヒ近郊の田舎町に建つ巨大スーパー。在庫管理係として働きはじめた無口な青年クリスティアンは、一緒に働く年上の女性マリオンに恋心を抱く。仕事を教えてくれるブルーノは、そんなクリスティアンを静かに見守っている。少し風変わりだが素朴で心優しい従業員たち。それぞれ心の痛みを抱えているからこそ、互いに立ち入りすぎない節度を保っていたが……。~映画.com~
2018年ドイツ映画。昨夜アマゾンプライムで観た作品です。光を落とした感じの静かな映像がずっと続きます。ほっこりする、温かい気持ちになる、というレビューが多かったけれど、その淡々と進むストーリーの中での、ひとりの労働者の自死が衝撃的で、大方のレビューとは少し違う印象を得た作品でした。
主に3人の人物にフォーカスが当てられています。一人目はこの物語の主人公的な若い男性、クリスティアン。彼はおそらくポーランド系ドイツ人。二人目は彼より年上の既婚女性、マリオン。三人目はクリスティアンの上司にあたる中年のブルーノ。みんな仕事が終わると孤独で殺伐とした家に戻っていきます。気のいい仲間がいて、お喋りする相手がいて、たまにさぼったりして、気楽でいい職場なんです。なんだか、そちらが家庭であるかのような温かい雰囲気がある。クリスティアンは過去に犯罪歴があり、マリオンは家で夫のDVに苦しんでいます。誰もがおおっぴらにいえない問題を抱えながら生きています。それ以上に辛いのがブルーノです。生きることに絶望して自ら命を絶ってしまうのです。残された人たちの衝撃。なぜ何もいってくれなかったのという想い。昨日まで親しくしていた人が突然自分の世界から消える。物語が淡々と静かに進むだけにその突然の死が逆にすごく響いてきました。
舞台となるドイツのライプツィヒ、かつての東ドイツです。東西ドイツの統一以前、社会主義国の東独では労働者が社会の主役でした。しかし、統一後、資本主義国になったことで、彼ら労働者階級は主役の座から周辺に、もっというなら底辺に追いやられてしまった感があります。ブルーノはかつては長距離トラックのドライバーでした。社会主義国時代は本人も若かったし、自身も社会の主流にいるという自負があったと思います。それが統一後はスーパー内でフォークリフトを操作する仕事に。
東西が統一された時、東独でうまくホワイトカラーに鞍替えできた人たち、要領よく世渡りできた人たちはかつてより高い所得を得て、物質社会を楽しむ側になっていたのかもしれません。でも世の中、そんなうまく生きられる人ばかりではなくて、不器用で、新しい時代の波に乗れなくて、こぼれ落ちてしまう人がいるのだと思います。
私は働いていた頃、世界のいろんな国の人たちと仕事をしました。ドイツ人ともポーランド人とも仕事をしたことがあります。ドイツ人の中でも元西独の人は時々、元東独の人たちを下にみて、皮肉る言い方をする時があります。彼らは行動がとろい、遅い・・みたいな。ポーランド人は波乱の歴史ゆえかもしれませんが、ちょっと斜に構えているように感じるところがありました。隠れた劣等感みたいなものです。彼らがドイツで生きるということは向かい風の中で生きるということだと思います。
ブルーノが亡くなる前日に一杯誘われたクリスティアンが彼の家を訪れます。映像から伝わってくる寂寥感漂う家の中。その直前にDVに悩むマリオンの自宅が映し出されるのですが、彼女の夫は多分、高給取りなのか。モダンで素敵な家に暮らしています。それとあまりにも対照的なブルーノの侘しい家。その寂しさを誰にもいわずに何年も生きてきただろう彼の心の裡を思うと本当に辛かったです。いまの世界は同じような境遇で彼同様に希望を見出せず、侘しく暮らしている人が多いのではないかと感じました。
物語のエンディングに聞こえる波の音。本当の波の音ではないところに胸に詰まるものがありました。でもそこに感じたのは絶望ではなくて、小さな明るい希望でした。音楽の効果的な使い方も素晴らしかったです。2時間もある映画なので誰にでも観て下さいとはいえないけれど、下のトレーラーはその予告編ですのでもしよかったら。