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鳥取城の石垣を一通り見た後に仁風閣を訪れました。
明治時代に建れられた白亜の洋風建築です。
気品を感じる佇まい、どこか貴婦人を連想させます。

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当時の市役所の年間予算に近い金額を投じて建てられたそうです。
設計は片山東熊工学博士。
赤坂離宮や京都国立博物館などを設計された方です。

お庭の様子。

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内部も見学できます。(観覧料150円)

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らせん階段。

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この階段には下から支える支柱がありません。
堅いケヤキの厚板で支えているそうです。
近くでみてもこの曲線美は本当に美しく優雅で芸術品のようでした。

この階段は当然ながら?現在は使用できず訪問者は
2階に行く時は別の階段を使います。

こちらは一階の広間。


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池田家、鳥取藩の歴史についての展示があります。
「随員控室」とありました。
この建物は完成した時、時の皇太子殿下(のちの大正天皇)の
山陰地方行啓の宿舎として使用されたため、
各部屋はその時の名称で呼ばれています。

表階段を使って二階にあがります~

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これは当時の皇太子行啓に随行した
海軍大将、東郷平八郎による直筆だそうです。

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ご寝室。
洋風の間取りに畳敷き。

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寝室自体はそれほど広くありませんが手前に
白色の円柱が二本設けられており、
やはり特別感が醸し出されていました。

御厠。お手洗いですね。

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便器は木製箱型のビロード張りです。
砂をいれて使用したのだとか。


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ここは名前の通り、皇太子殿下が会見に使われたお部屋。

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この時、県下で初めて電灯が灯されたのだそう。
それまで夜は蝋燭の灯か闇の中だったことを考えると
シャンデリアの灯りは新しい時代の幕開けを
象徴的に伝えるものだったのではないでしょうか。
人々の間にもなんだか未来へのわくわくする気持ちが
広がっていた時代ではないかな、と。

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こちらは御座所。

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当時の家具が置かれていました。
天井が高いです。

この時代の洋風建築をみると、
当時の日本が西洋の文化を取り入れるため背伸びして、
健気なくらい努力していたことが伺えます。
そうしないと逆に植民地にされちゃうという
切迫したものが時代の中にあったからだと思いますが。
ここを訪れた午後は明治の日本人の気概を感じた時間でもありました。

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