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京都と若狭を結ぶ鯖街道。
日本海で獲れた魚が鯖街道を通って京都へ運ばれていました。
戦国時代、若狭の領主だった浅野長政の時代に
ここが宿場町となりました。

観光用に街並がきれいに整備されています。
三重の関宿や中山道の馬籠宿、妻籠宿のような
賑やかな雰囲気はなく、南木曽の奈良井宿に近い
ややひっそりとした感じ。

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熊川宿については分厚い雪に覆われた街道のイメージがあります。
実際、冬場の積雪はすごいらしく、小浜で20cmくらいしか積もらなくても
この辺では70~80cmくらい積もったりすると聞きました。

今回は地図の左端あたりにある道の駅の駐車場に車を停めて
右端方向へ向けてそぞろ歩きを楽しみました。

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道の駅はお手洗い、お土産屋さん、レストランなどがあります。


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熊川番所です。
「入り鉄砲に出女」チェックをされるところですね。
平成14年に復元され、一般公開されています。
私は裸眼視力が悪く、当初、誰か本物の人間がいるのかなと
思ってしまいました。ん・・・、誰かに似ているかな?(^-^;

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橋がかかっています。
重要伝統的建造物保存地区に選定されてから
木製の欄干の橋にかけ替えられたそうです。
川の上流にはこの地区唯一のダムがあるとか。

あと道路がオレンジ色っぽいですが、これは雪がたくさん降る
雪国仕様なんだそうです。

欄干の向こう左側の古民家。

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歴史のある町屋、ここは伊藤忠商事二代目社長(伊藤竹之助翁)の生家だそうです。
学生時代、ここから毎朝4時に起きて、近江八幡の学校まで通ったそうです。

現在、この建物は夏場は喫茶店やギャラリーとして営業されているようですが
私が訪れた12月はお土産を販売するエリアになっているだけでした。
内部を見学することができ、2階に和室が3部屋、民泊できるようになってます。
一泊二食付きで8-9千円。

昔の家屋を知らない若い世代の人には新鮮な体験かもしれませんね。
逆に昭和世代の人は懐かしい感覚を思い出しそうです。


前のお宅二軒。詳しいことを忘れてしまいましたが瓦の焼き方が違うそうです。(^-^;

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更に歩くとレトロな建物がありました。
この洋風近代建築物は昭和15年に伊藤忠商事二代目社長が
村役場として建てたそうです。

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内部は資料館になっており、この地方の暮しに関するものや
葛の作り方などが展示されていました。


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葉っぱも散ってしまい、すっかり冬の様相。

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ここを歩いた時は何の事前知識もガイドブックもないままでした。
記事に書いた細々としたことなどは歩いている時にみた案内のほか、
立ち話した地元の方や、お店、資料館の方々から教えてもらった内容です。

こちらに引っ越してきてもうすぐ一年。
若狭地方の方は概してお喋り好きな人が多いです。(笑)
ちょっとした立ち話が延々と一時間くらい・・とかよくあります。

よそものの私にいろいろこちらの生活のことについて教えてくださいます。
親切な人が多くて本当にありがたいかぎり。

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長くなるので次記事に続きます。