
タイトルは「Cry, The Beloved Country」。
今月は英語の勉強を兼ねて原書で。南アフリカの人種間対立を背景に描かれた小説です。
この本が出版されたのは1948年。アパルトヘイト施行直前に出版され、ベストセラーになった作品だそうです。私は海外に住んでいた1990年代の後半、映画化された作品を観てこの原作があることを知り、映画館からの帰り道に書店でこの本を買って帰ったのでした。
あれから20年近く、本棚に眠ったままでした(^^;。 ストーリーも大方忘れてしまっていたのですが、原作を買うほどの時はその映画を観てとても感動した時。読み進めるうちに映画のいろんな場面が蘇ってきました。
南アフリカの田舎町で敬虔なキリスト教牧師をつとめるクマロ。彼にはヨハネスブルグに出ていって帰ってこない妹、弟、そして息子がいました。妹の病気を伝える手紙を受け取ったのを機に彼自身がヨハネスブルグへ向かったのですが・・・大都会で再会した妹は売春婦になっていました。弟はビジネスで成功するもすれからしな人間に。最悪なことに息子は不良少年たちとつるんで強盗を計画し、盗みに入った家の主人(白人)を銃で怖がらせるつもりが、自らの恐怖から本当に引き金を引いてしまい、殺人犯に。裁判であっけなく絞首刑を宣告されてしまいます。
このドラマの背景にある白人と黒人の人種間の対立が様々な場面で描かれていて、当時、この国が抱えていた社会問題の根深さが伝わってきます。「差別」という感情はなかなかなくならないもので、アパルトヘイトが撤廃された現在でもやはりこの残滓は社会の各所にみられるのではないかと感じています。
不幸にも被害者となった白人の青年は、黒人の差別をなくそうと働く人でした。ここがとても皮肉なところです。青年の父親は裕福な農場主でした。息子が亡くなったことをきっかけに、我が息子が黒人の地位向上のために努力していたことを知ります。息子には自分の知らなかった志があったことを知り、ショックを受けます。父親の心の中に大きな変容が起こります。彼の生前の足跡をたどっていく中で、父親は黒人に対して抱いていた差別的感情、犯人に抱いていた憎悪を克服していきます。決して生易しい道ではないのは自分をその立場に置き換えてみれば容易に想像できます。でも息子のやり残した仕事を引き継いでいくのが父としての務めだと考える父親。父親の心をそこまで変えてしまったのが亡き息子が遺したものでした。そんな時に犯人の父親であるクマロと偶然知り合います。クマロは自身の息子のせいで多くの人間を悲しみのどん底に突き落としてしまいました。罪悪感に苛まれ苛まれ、それでも勇気を振り絞って白人の父親に謝罪に出向きます。二人が出会った時の場面・・・、人間というのはこんなに崇高な存在にもなりうるのか、と感じた場面です。
人種間の対立を描いたこの物語の背景に一貫して感じられるのが「互いへの恐れ」という感情です。黒人は白人を怖がり、白人もまた黒人を怖がる。恐怖は憎悪を増幅させ、一層両者の溝は深まっていくという図式。いろいろ考えてしまいました。今の世界でも「互いへの憎悪」が多くの悲劇を生んでいるように感じます。互いが少しづつでも歩みよること、理解しようと努めることで解決できることは多いのではないかと。邦題は「輝きの大地」という名前だったようです。もう映画の場面をよく覚えていないのですけれど、いつかまた観る機会があればと思います。

数学者である著者が文部省の在外研究員として、1987年8月より1年間、イギリスのケンブリッジ大学で過ごした一年間の生活体験を綴ったエッセイ。非常に面白く読みました。ノーベル賞、フィールズ賞の受賞者らが行き交うケンブリッジ大学での学者生活。イギリスの伝統の奥行と深さ、その一方でみられるレイシズムや階級格差の問題などこの国の様々な側面を観る思いでした。本来の意味でのエリート意識とは何なのか。「自分たちが国を背負っているのだから、何かことがあれば一命を投げ出す、という気構えである」と書かれています。騎士道の基本でもあります。日本の偏差値教育に毒された偏狭なエリート意識とは根本的に違うのだなと思いました。著者は数学者という理系も理系、の方なのにその文章は非常に文学的で情緒を感じ、読む側を引き込みます。調べてみたら、この方のお父様はあの新田次郎氏とのこと。そしてこの方の著作を読むのはこれが初めてかと思っていたら違いました。10年ほど前にベストセラーになった「国家の品格」の著者でもあられたのでした。(^^;
印象に残ったのは最後のほうで書かれていた日本はこれだけの経済大国になったのになぜ世界から尊敬されないのか、ということに関する考察です。
以下引用~
尊敬の目で見られるには普遍的価値の創造による人類への貢献が不可欠である。
イギリスは近代的民主主義を作った。フランスは人権思想を、ドイツは哲学や古典音楽を作った。アメリカは競争社会の思想を作り、映画、音楽、スポーツを世界に広めた。これら諸国は基礎科学における貢献も顕著である。アメリカはさておき、経済的にも軍事的にも大したことのない英独仏の三国がいまだに国際舞台でリーダーシップを発揮しているのはまさに彼らの生み出した普遍的価値に世界が敬意を払っているからである~ 引用終わり
技術大国となってたくさんお金を稼いでいてもそれが自分たちだけが豊かになりたいという発想の域を出ない限り、羨望はされても尊敬の目で見られることはないのですね。こういうところからも日本では真のエリート教育がいまだになされていないように感じます。そういうところは嘆かわしいです。
今月はあとこんな本を読みました。
マキャベリの本は学生時代にも一度読んだことがあったのですが
その時とは違う感慨を覚えました。マキャヴェリズムというと冷血で残酷、という
イメージが強いですが、これらは人間というものを知り尽くしたからこそ出てくる言葉の数々ではないかと感じました。


