
「大地の子」の後半2巻を読み終えました。
こんなに泣いてしまう場面が多い小説を読んだのもすごく久しぶりかも。
3巻目のところで主人公の陸一心が幼少時に離れ離れになっていた
妹あつこと36年ぶりに再会する場面がありました。
彼女は人さらいの手を通して非常に貧しい農村の嫁として生涯を送っていました。
この巻では中国には童養媳(トンヤンシー)というとても残酷な制度があったことを知りました。
女の子を幼女、少女のうちから買って育てて将来はその家の男児の嫁にするというものです。今もその風習が残っている地域もあるとか。
日本も貧しかった時代、農家の娘さんが女郎として売られる
悲しい歴史がありましたが中国でも嫁とはいえ、
実質的には奴隷のように使われていたそうです。
彼女が家でどうやって扱われていたかについての描写は
非常に生々しく描かれていて同じ女性の立場ではページを
繰るたびにはらはらと落涙してしまうほどでした。
兄とようやく再会したものの、もう死の床でした。
その直後に主人公は実の父親とも再会するのですが
なんと相手は毎日、日中合作の製鉄所建設プロジェクトでいつも顔を
合わせている上海の所長だったという。
自分を人さらいの手から救い、貧しい生活を切りつめて
大学まで行かせてくれた養父と、国中をずっと息子と娘を探し回ってくれていた
2人の父親との間に挟まれる葛藤があって。
後半でも印象的だったのはやはり中国に取り残された戦争孤児の姿です。
主人公のように慈愛深い養父母に育てられて大学まで出た子は数の上では
非常に僅かであり、学校にも行けず読み書きができず、自分の名前も書けず、
生涯貧しい農村で酷使され自身が日本人であることさえ知らないまま生涯を終えていく人もたくさんいるのです。だから昔、戦争孤児として来日して親族と抱き合って再会を
喜んでいた人たちというのは孤児の中では大変恵まれた部類に入る人たちだったということを知りました。
満州開拓団は昭和11年、国策による満州移住計画のもと進められた
プロジェクトだったそうです。なんとなく私は満州開拓団については
明るいイメージをもってましたが、実質的には貧しい農村人口を減らすための施策であり、
ある程度の数をそれぞれの村、郡から満州に出さないと国からの助成金が
もらえないという事情があったそうです。
移住者らは「満州には関東軍がいて守ってくれるから大丈夫」という思いもあったのですが
敗戦の年の5月、関東軍は対ソ戦略を変更して満州の4分の3を放棄し、
移動してしまったのです。でも開拓団の人たちまで一緒に移動してしまうと
ソ連にばれてしまうからソ連を欺くために開拓団のひとたちはそれを知らされず
置き去りにされ、これまで通り農地の開拓を進めていました。
しかも、関東軍はソ連軍の進撃を阻むため、橋や道路を破壊していきました。
このため、敗戦の引揚げの際、開拓団員らが南下する退路が断たれ、
8万人もの死亡者、行方不明者が出ました。
体よく満州に駆り出され、最後は祖国から見殺しにされてしまったという棄民の歴史です。
その中でも生き残った子供たちは日本政府から長く放置されたままでした。
この小説を書く前に著者が取材のために中国東北部を訪れ、戦争孤児の男性に逢った時、
日本政府の人が誰ひとりとしてここに来ない中、作家である彼女が逢いに来てくれて非常にうれしいと喜んでみえた方がいたそうです。政治家が孤児救済にあまり熱心に動かなかった理由のひとつはそれが票に結びつかないということもあったようで、なんだか暗澹たる思いです。
戦争孤児の養父母であった人たちとして主人公の側は非常に慈愛深く、一心が日本人であることなど全く関係なく、自身の子供のように大切に育ててくれた人たちであった一方、妹あつ子の養母、その家族はその対極にあるような人たちでした。著者は敢えて両極端な人物を設定したのだそうですが、人間はこれほど自己の犠牲を顧みず徳性を備えた生き方ができる一方、同じ人間がここまで品性のない卑しい存在に成り果てることもできるのだなと・・そんなことも思いました。

「大地の子」を読み終えた次にこれも読みました。
著者は小説を書く前に進めていた取材が中国の秘密主義、情報閉鎖体制の高く厚い壁に
隔たれて、非常に苦労されたそうです。
しかし小説の中では凄まじい文革の実情、労改の内側、また未開放地区への取材で
戦争孤児たちの中国での非常に悲惨な境遇が大変綿密に描かれています。
これが可能になったのは胡耀邦総書記との出会いがあったからなのだそうです。
胡耀邦総書記は著者に対して
「中国を美しく書くことは必要ない。欠点も暗い影も書いてよろしい。
ただし、それが真実であるならば」と言って、
ただし、それが真実であるならば」と言って、
彼女に中国国内での取材ができるように取り計らってくれたのだそうです。
胡耀邦総書記は改革路線を支持し、学生の民主化運動にも理解を示していた方ですが
当時の保守派長老の批判を浴びて解任されてしまいました。
1989年の天安門事件のきっかけはこの経緯があったように記憶しています。
本書の中で、総書記は大変柔軟な考え方の持ち主であったこと、
中国なら絶対あるはずの袖の下も取らず、子女の誰一人として海外留学の特権に浴していなかったこと、息子さんはずっと地方の人民公社に勤められていたとか、自宅はとても質素なものであったとか、中国の指導者にかつてこんな人がいたのかと意外な思いでした。
国の幹部にこういう方がいて、その理解があり、また著者の非常に強い意志と粘り強い取材力があったからこそ生み出せた作品なのだと思いました。
また小説の中で日中合作プロジェクトとして製鉄所が建設されますが、
これは中国と日本の新日鉄が上海に建造した宝山製鉄をモデルにしているそうです。
ここで日本人技術者の方々が経験してこられた日本ではありえないたくさんの苦労話など
驚くことばかりでした。
ドラマ化にあたっては、小説に書かれている内容について
中国側から「ここを削れ」という要請がかなりあったそうです。
まだドラマのほうは観てないですが、中国の暗部も描いた部分もあってか
現地での放映はされていないそうです。
でもこれは10年以上前の話だからその後、放映されたのかな。
小説のほうが4巻1600ページくらいあって結構長いのですが
こちらの本はわりと読みやすい対談集をまとめたようなものなのですぐ読めます。
内容的にも知っておくべきと思うようなことも結構書いてあり、お薦めしたいなと思います。とりわけ、主人公の陸一心のモデルと思われる実在の人物とのインタビューがあり、彼が子供の頃、満州からの逃避行する際に体験した数々の悲惨な体験についての記述は多分、私も一生忘れられないのではないかと思うほど衝撃的でした。