私本太平記7巻と8巻を読み終えました。
足利幕府成立までを描いた長編小説もこれでおしまい。

全巻を通して感じたのが、この表現が適切かどうかわかりませんが
権力に弄ばれる人間の愚かさでした。
この小説には権力がもつ「魔力」と「魅力」の両方が
いろんな人物を通じて描かれているように思います。
 
そのために多くの人々の命を奪い、自分の臣下を失い
最後には自分の弟までをも毒殺することになった
足利尊氏は果たして幸福だったといえるのだろうかという
素朴な疑問も私の中には残ります。
 
身分の高い低いに関係なく、人々がなんとも節操なく
権力に媚びて振り回されている中で
楠木正成の忠義を通すという生き方だけは
どす黒い混沌の中できらりと輝く宝石のようでした。
 
時代の変遷を冷静に俯瞰して見抜くことができたのが
楠木正成と足利尊氏のみであり、二人だけが互いの心の中までを
理解しえたものの、生涯、共に天を戴かぬ敵同志であったことは
歴史の皮肉であるようです。
 
南朝方の後醍醐天皇の豪傑さ、
天皇亡きあとの北畠親房の知略縦横な戦いぶりなど
この時代は天皇家や公卿であってもこんな生き方をしていたとは
少し意外な感じがしました。

最後の章にある「黒白問答」がやはり作者がこの長い話の中で
言いたかったことをまとめてあるように思いました。
 
~大地とはそれ自体、刻々と変わっていく生き物であり、
変わらずにはいられない。
易り易ってゆく地上には時に従って、
時代の使命を担った新しい人物が出現してきて、
彼らが次の時代を耕す。
それが血で耕されるような季節こそ人間最大な不幸の時期であり、
この時代に生まれ合わせそうした役割を担った人々は
いやでも越えねばならぬ悪時代をこえるために戦ったもの~
 
黒白問答からの一部抜粋ですが
これは歴史を観る上では大切な視点だと思います。
今回もなかなか面白い時間を過ごせた読書でした。
 
ところで徳川家康が新田義貞の一氏族から出ていたということは
この本で知りました。
太平記ではほんの一時期をのぞくと
最初から最後まで足利氏に水をあけられて、
なんともふるわなかった新田氏でしたが、
遠いのち、その子孫が数世紀にもわたる乱世を終息させ
泰平の江戸幕府を築くにいたります。
江戸幕府の徳川将軍家は代々、
祖先新田氏を決しておろそかにしなかったとか。
世の変転はわからないものですね。
 
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