台風で仕事が休みになった先日、自宅で引きこもりながら
私本太平記の5巻&6巻を読み終えました。
 
この時代は幕末と同じで情勢が頻繁に変わるので
ついていくのに大変です。
幕末といえばこちらも鎌倉幕府の終焉を描いていますね^^;。
 
隠岐に流されていた後醍醐天皇も京の都に戻り、
天皇自らが国を治めようと建武の新政に乗り出しますが
鎌倉幕府の北条滅亡のために頑張った武士たちはいまひとつ
報われません。

公卿の武家蔑視がこういう時になると表面化してしまうのです。
 
そんなはずじゃなかった、という
武士らの不満をうまく利用したのが足利尊氏です。
このあたりでは後醍醐天皇の南朝方と北朝を盾にした足利尊氏方との
戦いは猫の目のように日々状況が変わり、はっきりとした勝敗はつきません。

戦いの雲行きが変わるたびに、その都度、片方を見限って
有利と思えるほうに味方するような人間が次から次へと続き
あまりにも節操のない場面もたくさん出てきます。

こんな時代だったからとことん南朝方のために戦った
楠木正成のような人は後世、忠臣の典型のような人物として
あがめられたのかもしれません。
 
権力のあるところに人は群がります。
権勢によりたかる人々の美言は人間を眩惑して止まないのです。
この眩惑の正体はいったい何なのでしょうね。
 
また世の中の権力者は、一度それを得るとどんなことをしても
それを離そうとしません。
権力というのはそれほど甘く魅惑的なものなのかと思っていましたが
ここまで読んできて、もうひとつ別の考え方が浮かびました。

彼らは権勢そのものをわ我が物とし、享受し続けたいという欲望以上に、
それを失った時の凋落を何よりも恐れているのではないかと思うのです。
乱世では一夕にして権勢を失うこともありますが
その時の周囲の態度の変わりよう、その非情さ。
同様の例はテレビのニュースを見ていてもたくさん見られますが・・。
あと2巻続きますので今後の展開がどうなっていくのか楽しみです。
 
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