
三連休にこの本を読みました。
昭和44年の春、高校一年生の男子学生が同級生に
メッタ刺しにされ、殺されたあげく、首を切り落とされるという事件が発生しました。
事件の後、遺族は地獄を生き、一方で犯人であった少年Aは
更生施設へ送られたあと、その後立派に社会復帰し、弁護士として活躍していたのです。
30年経っても遺族の傷は癒えないまま。
その後遺族がたどった胸を締め付けるような地獄の日々は、
読むに耐えない辛さです。
事件から30年が経過した時、殺された少年の母は
息子を殺した少年Aが弁護士になったと知ります。
母は彼との接触を試みるのですが、
元少年Aだったその弁護士の口からは謝罪の言葉は
一切なく、むしろ、金銭的に困窮している母親に対し、
「金がいるなら貸してやる」となんとも横柄な態度。
元少年Aは大人になってから名誉と地位を得、恵まれた生活を送り、
少年法の趣旨からいえば、その通り「立派な更生」を果たしました。
けれども、彼の狂気によって奈落の底に突き落とされた家族は
その後の人生をボロボロにされ、いまだに癒されず苦しんでいるのです。
はたして「更生」とは何なのか。
これについて著者は
「真の更生とは被害者が加害者を許す気持ちになった時に言える言葉」
と書いています。私もやっぱり同じように思います。
私は法律のことには全く疎いですが、このような状況で、
少年が十分に更生したとみなされているのなら、
やはり現在の少年法にはどこか大きな瑕疵があるように感じます。
本書からの抜粋ですが、2004年度、
日本政府が犯罪加害者の更生にかけた支出は年間466億円。
それに対し、被害者のための予算が年間わずか11億円だそうです。
加害者の人権を守ることが大事であれば、被害者の心のケアをすることも
同じだけ大事なはずではないのでしょうか。
あまりにも両者の数字に差がありすぎて、複雑な想いを抱かざるを得ません。
この本が出版された後、いろいろな経緯があったようですが
詳しいことはわかりません。
現在も連日のように報道される凶悪な事件。
これで人生を狂わされる人たちがどれほどいることか。
様々なことに想いを巡らせました。