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今日は糺の森の中に鎮まる下鴨神社の記事を書いていたのですが、長い長い記事がほぼ終盤に差し掛かった頃、なんとまあ、エラーが出てしまい、一時間近くもかけた力作がおじゃんになりました。
 
もう今日は書きなおす気力がないので、違うことを書きます。でもとりあえず下鴨神社の写真。下鴨神社は平成6年に世界文化遺産に登録されました
 
糺の森自体が広いので週末の京都の神社の割には混雑した印象はありませんでした。
 
 
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下鴨神社に向かって歩いているとすぐ左側にもうひとつ神社がありました。河合神社といい、「方丈記」の作者、鴨長明とゆかりの深い神社です。
 
鴨長明はここの神官の息子として生まれました。 長明という名前も下鴨神社に由来しているのですね。でも家のことでいろいろあった長明は、結局、神職を継ぐことができませんでした。また彼は若かった頃に京都で起こった大火事、大地震、飢餓などを経験しているのですね。 こんな経緯があった故か長明は強い厭世感を抱くようになったようです。
 
 
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「鴨長明」、「方丈記」といわれても、私は受験生だった頃からもう長い年月を経てしまっているので、すぐにぴんと来ませんでしたが、「行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。」という世の無常をうたった名文を読めば、「あっ、あの!」と思い出すひとも多いのではないでしょうか。
 
長明が執筆生活をしたといわれる方丈の庵が河合神社の境内で復元展示されていました。それがこの写真。
 
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一丈は3メートルくらい。3メートル四方、畳の広さでいえば約五畳半程度のワンルームなのですね。間口、奥行きとも一丈四方なので、「方丈」という名前がついたそうです。
 
下に土台のようなものがあります。その上に柱を立てて作られており、移動を考えた組み立て式構造なのだそうです。
 
彼が生きていた頃、上に書いた自然災害のほかにも政治的にも大変不安定な世の中でした。
 
 
イメージ 5長明がが生きた時代は、激しい変遷のさなかだったことを考えると、味気ないものだな~と思っていたこの古文の一文になんだか深い意味があるように思えてきます。
 
ところでこの神社内にはもうひとつ、任部社(とうべのやしろ)というお社があり、八咫烏命(やたからすのみこと)が祀られています。これは蹴鞠の神様で、いま、このマークは日本サッカー協会のシンボルになっているようです。
 
またエラーになったら困るのでこれでとりあえずアップします~