その昔、私がオーストラリアに住んでいた頃、

現地でタクシーを拾うと、お客さんは「運転手さんの隣」に座ることが普通でした。

「マイトシップ」といって(英語の綴りはmateship:オーストラリアだから

発音がちょっと変なんです)「仲間意識」とか「助け合いの意識」という意味で

オーストラリア人の気質を表す言葉なのですが

知らない人でも、その場ですぐ打ち解けてしまうような雰囲気がこの国にはあるんですね。

日本のタクシーみたいに運転手さんは白い手袋もしていないし、

少々ガラの悪そうな人もいましたが、概してフレンドリーで、初対面でも

「おっ、これからデートか?」とか、

「僕の妹がこの前、日本に行ってねー」

みたいな会話をしながら、和やかに雑談して短い乗車時間を過ごすというような感じでした。

日本の茶道でよく使われる言葉「一期一会」などという情緒めいたものはありませんでしたが、

その時、短い時間を共有する中で楽しく過ごせればそれでOKというような。


相手が非英語圏からの移民であまり流暢に英語が話せない、というケース以外は乗っている間に

ずっと沈黙・・というのはあまりなかったです。

まあ、とにかくあちらの国では初対面でも和気あいあい。

ここが私があの国をとても好きなところなのです。

でも、数年前に用事があってオーストラリアに行った時にタクシーを拾ったらびっくり。

その時はもう後部座席に乗るようになっていたのですが

後部座席から運転席を見ると、運転手さんはごつい透明プラスチックの壁に

横と後ろから囲まれていました。小さな穴がいくつかあって、

そこから相手の声が聞こえるようになっていました。

そして降りる時に下方にある銀行のテラーにあるのと同じくらいの

狭い隙間からお金をやりとりして、それでさよなら。

これは、そう、今、日本でもよく発生しているタクシー強盗が

あの頃、頻発していて、殺人事件に至ることもあり、

運転手さん達は自身を守るためにこうした壁を取り付けていたのです。

はじめてあの壁を目にした時はコミュニケーションを拒絶されているような

気がして、ちょっとさびしさを感じました。

日本でもそのうち強化プラスチック壁付きのタクシーが増えてくるのでしょうか。