SIDE B はちょっと心の底に溜まっている澱のようなものを。思うがままに感情を書き連ねるので、読まれる方によっては不快感を伴う内容になるかもしれないことを先にお伝えしておきます。

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  胃癌と告知されてきてから、自分の中には色んな思いがあった。

   父を早くに亡くして、以降、母子家庭で育って色んな壁や限界を経験して、今の自分がいる。今はそれなりに幸せだけど、自分が歩いてきた道のりはただでさえハードなものだったし、今でも親の介護やその他諸々のことを抱え込んでいる。なんでその上にさらにこんなハードな試練を受け止めなくちゃいけないのか、納得がいかない、不公平だよなあという気持ちが正直ある。さらに、問題山積な私を受け止めてくれた夫に対しても、さらにこれから癌サバイバーとして生きていくことになる訳で、申し訳ないという気持ちでいっぱい。


   これまで自分の人生に諦めが強かった。だから自暴自棄な行動も幾つかしてきた。抱え込むことが多すぎて、子供を出産してからも「もう自分の人生、終わってもいいかなあ」という気持ちがどこかにあった。  

   だけど、今回の癌告知を受けて、やっぱり夫と娘と一緒に生きたい、と思えるようになってきた。それと同時に、今までの自暴自棄な生き方のツケがこんな形で回ってきたのかな、とも思っている自分がいる。

 

  そしてもう1つの大きな問題として、私にHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の傾向があること。昔から自分の感情はもちろんのこと、第3者の感情まで過剰に受け止めて反応してしまう性質がある。

高校の時は部活の些細なことで悩みすぎて脱毛症になった(髪の毛のほとんどが抜けた)。

今でもテレビドラマや映画は予めストーリーを理解しておかないと感情移入しすぎて苦しくなってしまうので、リアルタイムで見ることはまず無理。国民的アニメの「ドラえもん」ですら、私には「のび太の失敗」が我が事のように感じられて胸が苦しくなって見られない驚きニュースで悲惨な事件の報道を観て眠れなくなったりうなされる時もある。子供の学校(保育園)行事も、我が子に感動するのはもちろんだけど、知り合いでもない他人の子供の行動に涙を流してしまうほど一喜一憂して我が子に不思議がられる等など。


   そんな私にとって、まだ自分の中で想像がつかない癌の告知そのものよりも、事前説明などである程度想像がつく手術への恐怖心の方が強い。特に体型のせいで硬膜外麻酔が難しいかも、と言われてからは「硬膜外麻酔が失敗したら」とか「硬膜外麻酔ができなかったら」ということが頭から離れないし、さらに術後のICUでの時間がたまらなく怖い。


  怖くても痛くてもやるしかないのは分かってるし、この胃がんとの闘いに勝つ為には必要不可欠なものだということもわかっている。分かっているけど、考え出したらとことん考えて、感情を溢れさせてしまいがちなのが私の特質。それをどうやって解消すべきなのか答えが見つからない。


   50歳を控えたおばさんがこんなに動揺して、痛いのは嫌だ、怖い、と連呼するのは恥ずかしいことだけど、感情をセーブできなくて、自暴自棄な行動をしてしまいそうでさらに不安が募る。


初期って言うけど、初期じゃなかったらどうするの?

仕事に復帰できなかったらお金のことどうなるんだろう?

もし予想より癌が進行していて、抗がん剤治療になったらどうしよう?

再発したら?

子供の将来のために少しでもお金は置いておきたいから、私にこれ以上お金を使わない方がいいのでは?

私が死んだら、要介護の母の面倒はどうなる?


  こんな不安と恐怖を抱えたまま手術台に上るのが怖くて怖くて仕方ない。 でも私が自ら乗り越えなくちゃこの恐怖の根源からは逃げ出せない。


  支離滅裂なことの堂々巡りでごめんなさい。