集金旅行
Nと云う駅で乗換えて五つ目の駅で私たちは下りた。
Tと云う地方都市だった。
「この街に3年間だけ住んでいたの。小学校のときだけど」
駅舎からの景色を眺めている。少しだけ悲しそうな横顔だった。
駅からぶらぶらと歩いていく。二人列んで。
彼女に荷物を持とうかと提案したが、大丈夫ですから、と寄越さなかったのでそれぞれに旅行鞄を手に下げている。傍から見たら旅行に来た夫婦くらいに思われただろうか。
とくに私には宛てもないので彼女に任せたままだが、彼女に宛てがあるのかないのか、とくに口にしないので判りかねたが、べつにどうでもよかった。
何よりも彼女の話は私を飽きさせなかった。
駅から10分ほど歩くと、「ここです。ちょっと迷っちゃった」と彼女が嬉しそうにこちらを見て足を止めた。はにかみの混じった笑顔が可愛らしかった。
彼女に指さされた店の看板にはカレー焼き、と書かれている。
「子どもの頃によく買いに来たんですけど。学校の帰りとか塾の後に」
店内には入ると何人か客が列んでいる。
店員は鉄板の前で作業する男性しかいない。
閑散とした店内にはテーブルが何台かあり、客の引いた昼下がりの定食屋のような塩梅だった。
何にしますか、カレー焼きとカスタードを、そんなやりとりの後にしばらくして出されたものは大判焼きを細長くしたようなものであった。
ホットケーキのように甘い香りがする。
「これはね、カプっていった方がよいわ。***さんはカレー焼を食べてみて、わたしはクリームするから」彼女はそう言って湯気の立つ細長いものを頬張った。
熱かったのだろうか、少し目を丸くしたが、直に満足そうな表情が浮かんだ。
手にしているものを口から離すと、口の端にクリームの残滓が見える。
「これがずっと食べたくて」
そう云うと彼女は可愛らしい笑みを再び浮かべた。
Tと云う地方都市だった。
「この街に3年間だけ住んでいたの。小学校のときだけど」
駅舎からの景色を眺めている。少しだけ悲しそうな横顔だった。
駅からぶらぶらと歩いていく。二人列んで。
彼女に荷物を持とうかと提案したが、大丈夫ですから、と寄越さなかったのでそれぞれに旅行鞄を手に下げている。傍から見たら旅行に来た夫婦くらいに思われただろうか。
とくに私には宛てもないので彼女に任せたままだが、彼女に宛てがあるのかないのか、とくに口にしないので判りかねたが、べつにどうでもよかった。
何よりも彼女の話は私を飽きさせなかった。
駅から10分ほど歩くと、「ここです。ちょっと迷っちゃった」と彼女が嬉しそうにこちらを見て足を止めた。はにかみの混じった笑顔が可愛らしかった。
彼女に指さされた店の看板にはカレー焼き、と書かれている。
「子どもの頃によく買いに来たんですけど。学校の帰りとか塾の後に」
店内には入ると何人か客が列んでいる。
店員は鉄板の前で作業する男性しかいない。
閑散とした店内にはテーブルが何台かあり、客の引いた昼下がりの定食屋のような塩梅だった。
何にしますか、カレー焼きとカスタードを、そんなやりとりの後にしばらくして出されたものは大判焼きを細長くしたようなものであった。
ホットケーキのように甘い香りがする。
「これはね、カプっていった方がよいわ。***さんはカレー焼を食べてみて、わたしはクリームするから」彼女はそう言って湯気の立つ細長いものを頬張った。
熱かったのだろうか、少し目を丸くしたが、直に満足そうな表情が浮かんだ。
手にしているものを口から離すと、口の端にクリームの残滓が見える。
「これがずっと食べたくて」
そう云うと彼女は可愛らしい笑みを再び浮かべた。
集金旅行
女性は名前をHと云った。
大学を出て以来、職を転々としながら国内外を旅しているのだと云う。
私が何となく旅に出たくなって列車に乗った旨を伝えると彼女は「旅は素敵よ、移動自体が目的でもあるから」と涼しげな顔で笑った。
そして、旅行鞄の中からチョコレートのかかった菓子を取り出してこちらへも寄越した。
「今まで何カ国ぐらい行ったかしら。ヨーロッパとかアジアが多かったけど。次に行くならベトナムかイギリスかしら」
「東欧は結構大変でしたね。文化の違いと云うよりも、国民の顔色と云うか。国の行き詰まりがそのまま生活を憂鬱にしてて」
「アジアはいくつかの国を回ると宗教の伝わり方と云うか、やってきた道と消化のされ方がわかりますよ。似ているのに、似てないのだけど、色彩とか装飾とかに共通のものがあって」
彼女の言葉は理知的だった。旅行好きがその表面的な違いばかりを口にするのと違って、深く人類史の階段を下りていくように観察の記憶とそれを受けた推察とを述べた。
そして、その合間にどうでもよいような笑い話も時折交えてきた。
話の上手さに感心をしたことを告げると「何度か水商売をしてましたから」と軽く笑った。
窓の外には山林の風景が見えてきた。
夏ならば緑深い地域なのだろうが、今は雪の所為でモノクロの世界である。
「***さんは、今日はどちらまで行くの?」
束の間ぼんやりとしていた私に彼女が問うてきた。
私は漠然としか決めてなかったので、逆に「どこかおすすめは」と聞いてみると「じゃあ、わたしと一緒にいかがですか。子どもの頃に短い間住んでた街もありますから」と云う。
私はこの女性への興味と偶然性に満ちた旅への憧れからその提案を受け容れることにした。
大学を出て以来、職を転々としながら国内外を旅しているのだと云う。
私が何となく旅に出たくなって列車に乗った旨を伝えると彼女は「旅は素敵よ、移動自体が目的でもあるから」と涼しげな顔で笑った。
そして、旅行鞄の中からチョコレートのかかった菓子を取り出してこちらへも寄越した。
「今まで何カ国ぐらい行ったかしら。ヨーロッパとかアジアが多かったけど。次に行くならベトナムかイギリスかしら」
「東欧は結構大変でしたね。文化の違いと云うよりも、国民の顔色と云うか。国の行き詰まりがそのまま生活を憂鬱にしてて」
「アジアはいくつかの国を回ると宗教の伝わり方と云うか、やってきた道と消化のされ方がわかりますよ。似ているのに、似てないのだけど、色彩とか装飾とかに共通のものがあって」
彼女の言葉は理知的だった。旅行好きがその表面的な違いばかりを口にするのと違って、深く人類史の階段を下りていくように観察の記憶とそれを受けた推察とを述べた。
そして、その合間にどうでもよいような笑い話も時折交えてきた。
話の上手さに感心をしたことを告げると「何度か水商売をしてましたから」と軽く笑った。
窓の外には山林の風景が見えてきた。
夏ならば緑深い地域なのだろうが、今は雪の所為でモノクロの世界である。
「***さんは、今日はどちらまで行くの?」
束の間ぼんやりとしていた私に彼女が問うてきた。
私は漠然としか決めてなかったので、逆に「どこかおすすめは」と聞いてみると「じゃあ、わたしと一緒にいかがですか。子どもの頃に短い間住んでた街もありますから」と云う。
私はこの女性への興味と偶然性に満ちた旅への憧れからその提案を受け容れることにした。
