大吉原展、行ってきたよ!!

家まで待ちきれず、駅のホームで撮る始末

・展示を見て知ったこと→丸数字で記述

・個人的に調べたこと
・俺の感想
なども、つらつら長々ぐちょぐちょ述べるから
お暇な人は鼻でもほじりながら読んでって。

撮影NGだったから、覚えてるうちに書いておきたかったのよ。
 

①髪を洗う日は月イチ(27日)に決められていた。

え!月イチ!
でも食べるものは今と違うから、そこまで臭くならないか?

②遊女のお世話をする禿(かむろ)という幼い子がいた。

え、何歳よ?
夜中まで働いてたわけよね
今の時代は色々とアウトだよね

調べたら6〜14歳!
そんな幼い頃から売られてきたんだね
その中でも器量のいい子は引っ込み禿といって遊女になるべく、修行するみたい。
吉原言葉から三味線などの教養含めてね。

新造振り袖(新人遊女)としてデビューするのは15歳くらい。

③遊女は客の前でものを食べない
④でも、すすめられた酒は飲む。
大酒飲みがたたって25歳で亡くなった玉菊という才色兼備な遊女がいた。

⑤吉原の始まり
傾城町(けいせいまち)を作ってくれ。
との、遊女たちの嘆願による。
傾城町とは遊女の仕事場のこと。

⑥のちに、吉原以外で色を売るのは禁止となる。

⑦22時には大門を閉める
(抜け道はあったらしいが…) 

⑧客は一泊以上してはいけない
んなこと言ってもねぇ…

⑨大正時代に角海老楼にいた花魁、白縫(しらぬい)の写真があった。
廃娼運動をした花魁らしい。

角海老って、あの角海老(ふーゾク)と関係あるのかな?
と思って調べたらビンゴだった。

角尾張楼という見世があり、海老屋という見世を買い取った人がいた。
それを合わせて、そしてその後継者の許可を経て、今の角海老グループに至る。

角海老の創業者のことも調べたら面白かったよ。
本社はなんとあのへんよ、あのへん。(匂わせ)

上記の写真をご覧ください。
ファイルなんだけど、右上に【角海老】って書いてあるでしょ?
そりゃあ買うよね!

追記:浅い感想
・浮世絵はよくわからなかったけど、喜多川歌麿の良さがちょっとだけわかった気がする。
着物の柄含め、オシャレだと思う

・何枚かの浮世絵は、大英博物館蔵だった。 
え、何で?


GWの上野は混むよなあーと思って、上野駅じゃなくて、初めて根津駅で降りてみた。
このルートが一番電車代が安かったからね。

初めての街は楽しい!
おなかすいててこんな写真しか撮れなかったけど←
伝わらないけど奥の坂道がすごかった。

なんか今日1日ですごく頭良くなった気分だわ。