花はどこへいった -17ページ目

 

 

父が、一時退院した翌日に、家族3人で退院のお祝いに行き、うないちさんのうな重を皆でそろっていただきました。

父も少し口を付けてくれていました。

久しぶりに皆に会って、父も嬉しそうにしていました。

 

 

その数日後、夜に母から『お父さんの具合が悪そうだから今から救急車で病院に行った方がいいか』と電話がありました。いいかどうか、判断は難しい。

事情を聞いて翌朝まで待てず、仕事終わりに実家に直行したのが3日前。

 

『一晩私がついているから、明日病院に行こう』と父に言いましたが、頑として 行かないと。

リビングに敷いた布団を片付けて トンボ帰りの私。

 

この時期、職場は、中堅さんをコロナ病棟に応援にとられ、昼間の職場は、1~2年目とパートさんばかりの勤務者です。パートながら、外科15年目の私がどうしても 休めない日もあり。

やっと休みが取れた兄に、本日の再入院の付き添いを頼みました。

 

 

父は、食事がとれていないらしく、点滴をしてもらっているようです。

院内に患者、スタッフともに感染者が出たとかで、面会もできなくなりました。

状況がつかめません。

とうとう、今日は 父からの電話はありませんでした。

 

電話が無い事を心配する母に『入院してほっとして寝ているんじゃないかな』と 言いました。

 

普段、病棟のスタッフ側ですから、入院している患者さんの家族は こうやって 家で心配されているんだと あらためて 感じます。

 

 

頑張らなくていいから、お父さん。

 

看護師さん、父が少しでもしんどくないように 力をください。

8時に子供と相方を送り出し

車で実家へ。

有料道路をけちって 田舎への下道を走る。

 

1時間ほどで、実家に到着。ムシムシした雨上がりの庭を通って、母とセキセイインコのちっちさんの待つ家に入る。母がすすめてくれた普段飲まない微妙な甘さの微糖のアイスコーヒーを流し込んで、母を車に乗せて 病院へ向かう。

私が無糖しか飲まないと何度いっても覚えてくれない。

 

数か月前まで車の運転していた母は、私の運転に口出しするので、少々イラっとするが、深く息を吸い込んで 安全運転に集中する。

 

病院では、10人ほど患者さんがいて結構待ったが、診察は3分。なのに会計に30分。800円ほどの会計が なぜこんなに遅いのか。いら立つ母をなだめる。

 

近くのお医者さんに変えてもらったらと思うが、先生は、一人でも患者を離したくない。

近くの病院に変わりたいと言っても、なんだかんだと引き留めるらしく、母も強く言い出せないと嘆く。

せめて電子化について行っている病院に変えた方がいいと思う。

耳が遠くなった母にあれこれ、説明するのは本当に疲れる。

補聴器の精度を上げてほしいが、眼鏡市場に行って調整してもらう必要がある。

でも、その眼鏡市場も 結構遠い。

 

処方箋をもって駐車場横にある薬局に行ってまた、待つ。

ここでも、耳が遠くなった母に容赦なく、早口の薬剤師さんが薬の説明をする。適当に笑ってかわす母。

 

病院からの帰りに、銀行に行って、定期預金の解約をする。一部解約といったのに、母が言われるがまま書いた書類には、全額解約になってる。ここでまた、迷惑をかけることになって私が代筆して一部解約に変更する。

 

聞こえているような対応は迷惑をかけることになるんだけど、聞き返した方がいい内容なのか、聞き流していい内容なのかは、母にはわからないから、段々こうやって、いろんなことが 大変になるんだなぁと思う。

 

解約手続きを待っている間に包括支援センターに連絡し、面談の時間の調整をする。

包括の担当さんも、驚くほど早口だ。

これは 母がわからなくても仕方ない。早口でなお、活舌が悪い。

 

コンビニで母の昼食を、私はチキンを買って帰宅。チキンを頬張りながら、たまった書類に目を通す。

母が乗っていた車の保険の解約をする。メンテナンス契約は途中解約。返金がある様子。

廃車するのなら、9000円の手数料が必要とのこと。走行距離6万キロは売れるのではないか。

再検討事項とする。

 

1時半、退院の許可を得た父を迎えに 病院に向かう。玄関で病棟から車まで乗る車椅子を借りる。

入院費用を払うのに、待つ。

病棟で退院の迎えに来たことを告げる。20分待つ。

 

 

あまりに待たされるので、イライラしていたが、退院の荷物を全部もって、レンタルの酸素ボンベを押しながら、荷物を持ちながら、父の車椅子を押しながらやってきた看護師さんをみて、そんな不満はぶっ飛ぶ。ありがとう、看護師さん。

 

一回りも二回りも小さくなった父が、ニコニコしている。

 

一通り、説明を聞き、お礼を言う。

1週間後に再入院ですと告げられる。

コロナ禍のこの時期、外出外泊が禁止されているので、入院が長引く父に、いっそのこと、1週間ほど、家で療養するかと先生の勧めがあったための急な退院だった。

 

荷物を持ちながら、酸素ボンベを転がしながら、片手で車椅子を押す。

病棟から、玄関までが、また、長い。

玄関に車を回し付けて、父を運んで酸素ボンベを乗せ、母を乗せて、車椅子を返却し、退院の荷物を載せて、車で走りだしたら、父がか細い声で、『娘よ、親子丼が食べたいんじゃ、コンビニに寄って』という。

 

父よ、この田舎の帰り道、5㎞の道なりに どこにコンビニがあるものか。

 

包括支援センターの担当員さんと 酸素ボンベと酸素供給機の業者さん、福祉用具の会社の方が実家に来てくれる時間まであと15分しかない。

 

『父さん、悪いが無理!』と語調が荒くなった私を感じて、母が『娘ちゃん、落ち着いて』と私の運転にまた、注文を付ける。これ以上両親の寿命が短くなっても困る。アクセルを緩めて標識通りの速度で運転する。

 

家について、父を玄関に運び、荷物を置いたら、担当員さんと業者さんと福祉用具の担当さん3人が来てくれた。

ベッドから起き上がる際の手すりと トイレの手すり、風呂の椅子を借りる。

酸素供給機の説明も受ける。

 

再入院日は私が勤務なので、入院の付き添いが出来ない。母一人では絶対無理だ。

上司に電話をして、勤務日の変更をお願いしてみたが、どうも無理そう。

 

なんだかんだで、夕方5時になり、ベッドで横になる父に声をかけ、帰路につく。

 

 

7時前に家について、今日の出来事を相方に伝えながら、『今日の私を褒めて』と言った。『よくやった、頑張った』と言ってもらって、今日は出前の寿司で 自分をねぎらった。

 

 

マグロづくし。

とろっとろで美味しかったよぉ。

犬がいたころや子供が小さい頃は、お友達も来てくれたりして大きなダイニングテーブルが便利でした。
 
結婚してすぐだったかに、家具店で伸長式のダイニングテーブルとイスのセットを購入。買って家で使い出してからわかったことですが、私が座ると足が短くて 踵が浮のです。購入店では踵がある靴を履いていたんだと思います。脱いで座り心地を見るなんて今なら当たり前のことですが、相方が気に入ったテーブルだったので自分が我慢すればいいと思っていました。
でも毎日のこととなるとストレスでした。
 
20年経って、リビングを中心にリフォームし、生活もお友達の様子も変化。広げれば2mあるダイニングテーブルは必要なくなってしまいました。
この際捨てようかと思ったら、相方が四角いテーブルを切って半円形の2~3人用のダイニングテーブルに作り直してくれました。片側を丸く削るのが大変だったとのこと。
足の長さが足りなかった椅子も 脚を切って落ち着く高さにしてくれました。
 
食事の時は、無印のリビングでもダイニングでも、のセットを使用。
 
 
 
 
台所に近いところに置いているこのテーブルは、お弁当や料理中の皿を並べたりと便利に使っています。捨てなくてよかった。
 
最近、このダイニングセットが、カリガリスというメーカーのものだと知りました。なかなか丈夫です。木が固いのか、カットするのが大変だったと相方が言うてました。
セットだった椅子は 2脚だけ残して破棄しました。これももうギシギシいいます。
 
椅子だけでも買い替えようかとネットを探していましたが、『僕は結構好きなんだ』と相方がいいますので修理を検討しています。
なんでも取っておく相方に私が賛成したのは珍しいことです。
 

左が私用に脚を切ってもらったもの。右はそのままなので椅子の高さがちぐはぐです。

 

 

椅子の座面を張り替えてくださる店を探していましたら、私でも車で持って行ける場所にお店があり、相談に乗ってもらえることがわかりました。

 

新しいものを買うのと同じくらい ちょっと わくわくしています。

 

 

 

以前、バリューブックスに専門書などを送ったら、7000円ほどになりました。お礼のメールにさらに5箱まで無料ですということが書いてあり、残りの本も 送ることにしました。

 

子供が読んでいた本です。お気に入りの絵本や児童書は私の部屋に残しておきました。

古本屋や Amazonで買った古本だったりで、たぶん、値段が付かないほどだと思いますが、捨てるのも気が引けるし、近くのBOOKOFFにもっていっても きっと運ぶ労力だけで 疲れそう。

玄関から持って行ってくれるだけでありがたいので、2箱追加で 梱包しました。

玄関まで運ぶだけで 大変。

 

重いものや大きいものの断捨離は、若いときにやってくださいね。

体の各関節を 新しいものに取り換えたい今日この頃。

 

さて。値段が付くのだろうか。

15日間のうち、2回しか休みがない勤務で なかなか ハードな毎日でしたが、やっと 本日休みがもらえました。

 

相方は3連休でしたので、元気が余っているだろうと、以前から処分したかった大型ごみを3階から運んでもらい車に積み込んでもらいました。

 

整理していた服をたくさん処分したので、衣装ケースも3つ処分。コールマンのテント、キャンプ用のテーブルと椅子、それから キャンプ用品を車に積み込むときにグッズを入れていた折り畳みコンテナ。スツール 熱帯魚の水槽やアクセサリーなど。

キャンプ用品の中には、災害時活躍するだろうものもあります。そちらは、もう一度点検して玄関横の納戸にしまうことにしました。

 

フリマに出そうか、ジモティーに出そうかと 考えましたが、そう思って行動できておらず、もんもんとした時間ももったいないと、思い切って 捨てることにしました。

 

買うときにもっと慎重になるように!と肝に銘じながら


 

車で1時間ほどの クリーンセンターに行き、廃棄場所に誘導され、バックで駐車し、ドアを開けて 積み込んだものを ぽーいぽーいと どんどん放りこみます。

数分で 車が空っぽになります。

 

前後で車の重さを計っておいて 重さで値段が決まります。

 

今回は70㎏で、100㎏までなので 1000円でした。

 

 

年を重ねると あれほど活躍していたものが 全く必要なくなる。なんだかちょっと寂しいんですが、しまっておいてもストレスなだけです。

 

部屋が少し広くなりました。

 

 

容体が良くないのか、退院の見込みがまだ立たないためか、入院中の父との面会が 週1回 許可されました。決まった曜日の決まった時間。勤務が決まっている私は、7月のその曜日は一日も休みがありませんでした。

所属長にいうと、この日は休んでいいよ、どうにかなるよ と言ってもらえ、一日お休みをいただきました。

感謝感謝。

 

1時間かけて実家に帰り、母の買い物に付き添い、あちこち回り、最後に病院で 30分の面会。

酸素を付けてはいましたが、食事の半分ほどは食べられているようで 座って話もできました。

ちょっとほっとしました。

 

実家を出て、家に着いた頃には暗くなっていましたが、正直、本当に疲れました。私を気遣う母に、一日中、大丈夫、大丈夫と言っていましたが、50代半ばを過ぎると、いろんなことを同時進行できなくなってきており、体力も消耗します。若い頃から何も運動をしてこなかったツケでしょうか。

 

いよいよ、父が自宅へ帰りたいという思いが募れば、休暇をとって自宅で介護する気持ちもありますが、医師や病院スタッフによくしてもらって信頼している父のこと、自宅で私が看ているだけでは 不安も遠慮もあるだろうな。

 

今日が一番若い。すべきことは明日に回さず、今日します。

でも、ゴロゴロしていたい今日なのでした。あかんなぁ。

 

 

夕食後に母から ラインがありました。『お父さんから電話がこない。何かあったんじゃないか。病院に電話しようか、どうしようかと思って 貴女に相談の電話しても電話が通じない』と。

 

スマホで通話ができないと いいます。

こちらから母のスマホに電話をしても『現在使われておりません』などというではないですか。

固定電話はつながりましたので、母の話を聞きました。

 

母は、入院している父からのいつもの時間の電話がなく、病状が悪くて連絡をとれなくなっているのではないかと、いいます。

 

『万が一、お父さんに何かあればすぐに病院から電話があるから』と言いましたが、ニュースでauの通信障害のことを聞いて そのせいだとわかりました。父も母もauです。87歳、ガラケーの父は、連絡を取りたくでも 電話が使えなくてヤキモキしているのではないかと思われます。病室で酸素をしてもらい、ベッドに端坐位になるのがやっとの父です。公衆電話へも移動できません。

 

実家の固定電話を解約しなくてよかった。携帯があれば十分と思っていましたから。

 

普段なら、通話が出来なくてもラインが出来ればお互い、都合いい時に会話ができます。でもコロナ禍、入院して1か月の父は、家族とも面会もできませんので ガラケーで家族と話をするのを楽しみにしています。

 

携帯電話が使えないのが こんなに 心配なこととは 思ってもみませんでした。

 

どんどん伸びます。ウンベラータ。切って、水差しするとまた根が出て 鉢が増える。

なんだか 元気な様子をみると 増やしてあげないと・・・と思ってしまう。

 

写真のあと、どんどん大きくなって どこで剪定すれば格好良くなるかわからなくなって、6月1日 バチンと剪定しました。

 

葉が一枚も残っていない。

 

 

芽吹いてきました。

 

 

 

 

1か月後、元気に葉が増えています。

ずっと南向きのベランダに置きっぱなしです。

 

葉焼けしないよう、シェードはつけています。

切った先も鉢植えにしていて そちらも 面白味なく真っすぐに伸びています。

枝を曲げる技術と根気があれば、映えるんでしょうけど。

 

初夏から外に出してお日さんに当てると 葉が緑できれいになりますね。

私流ですが。 

 

 

服を捨てるというのは 罪悪感があります。

ずいぶん前に買って 買うだけで満足して あまり 出番が無かった服もありますし、古く感じてしまって 袖を通さないけど 捨てるにはもったいない。でも フリマに出すといっても、値下げ交渉とか 梱包、発送と 本当に気が重くなってしまう。

子供服も大したブランドでもないから、お隣の3人兄弟にさし上げても、邪魔にならないかとか、もう一回洗濯してからでないと 恥ずかしいわとか、思うのですよ。

 

しかしですね、この古着でワクチン。

3300円払うと この大きな袋が届いて そこに服やら詰め込んで連絡すると 佐川さんが 集荷に来てくれるというもの。

 

捨てるのは気が重いけど、誰かが着てくれるかもとか、これで雇用が生まれているらしい、ワクチン代になるらしいとわかると、なんだか いいことをしている気持ちになって 袋の中に入れる服にいってらっしゃいって 思える。

 

怪しいとかいう情報もありますが、おおむね、評価はいい感じなので 送ります。

 

くわしく資料を読むと、新品のタオル、バッグや靴も送ってもいいらしい。今回はスキー服やダウンジャケットなどかさばるものが多かったのですぐに袋いっぱいになってしまったので、もう一回、利用してもいいかなと思っています。

 

何より、何より、もう簡単に服を買わないこと!肝に銘じます。反省。

 

50半ばを過ぎて、毎日着る服も 定番化してきて、流行りを追わなくなった(追えなくなった)ので ほぼ制服化。でもその毎日の服を野暮ったくしないためには、体形とヘアスタイルの維持が大切と思う、おばさんなのでした。

スキー服や 子供が小さい頃のちょっといい服 

寄付をしようと いま 袋詰め中。

 

休みの日に 集荷を依頼しよう。

 

父が入院して 3週間。

新型コロナの感染予防のため 面会もできていません。

荷物を渡すのも 決められた曜日の決められた時間。

ちょうどその日に休みでないと 病院にも行けません。

 

無口だった父が 毎日決まった時間に 私に電話をしてきます。

今日は熱が出たとか 咳はましだとか

元気がない時もあれば 声に張りがあるときもあります。

 

毎日電話で話をしているのに

『そちらは変わりないか、皆元気か』と 同じことを尋ねます。

変わりないよ ありがとう と伝えます。

 

その父からの電話が今日はない。

 

辛くて寝ているのかと こちらから電話はできないし 電話ができないほど 弱っているのか。

辛い検査があったのか、腫瘍熱でつらいのか。転移した肺がんからの咳が止まらないのか。

 

 

実家でもらってきたひまわりが 心なしか、うつむいているように見える。

 

1時間ほどしたら、父から電話が入りました。

やっとのことで電話をしてきたのかと思ったら 『電話を忘れていてお母さんに叱られたよ』って。心配してやっと決心して電話をして、そのあと怒っている母の顔が目に浮かびます。

 

よかった。

 

こんなハラハラが しばらく 続くんでしょうね。

今日は元気か、つらい一日ではなかったか、

あぁ、今日は元気そう 熱はなかったねと。

 

しばらく。

でも、ずっとではないんだ。

 

毎日 父からの電話を待ちながら 心がざわざわ します。