珠里とべったりな毎日をすごしていた。当り前だけど。自分の時間が持てないのはちょっとストレスだったかな…
育児ノイローゼ一歩手前の友達がいたが、私は何とかなるようになるさでそこまでには至らなかった。
実家に珠里を連れて行けば初孫を溺愛する両親がいてくれたので、中田が遅く帰る日はいつも実家に行っていた。

珠里を可愛がってはくれるものの中田はオムツを替える事もお風呂に入れる事もしてくれない。
泣けば私にタッチするだけ。

中田から遅くなるとの連絡がない日は食事の支度をして食べないで待っていた。
ところが、連絡もないのに遅くなる日が増えて来た。
最初はまた飲みに行ったのかな?と思っていたが、余りにも頻度が…
確かに東京から戻って数年過ぎると友達も増えてくる。ゴルフを通じての知人友人も多くなった。

中田はとてもゴルフが上手く、教えてもらいたい人も多かった。ゴルフの誘いも多かった。アフターゴルフの誘いも多かった。

ただ、そういう方々と同等にお付き合い出来る所得はない。ご馳走して下さる方々もいらっしゃったようだが。

私は珠里と中田の為だけに日々を過ごしているみたいに感じたが、実家の両親という救いがあって壊れずに済んだかも知れない。


ある日中田が言った。
「福岡さんの友達の杉原さんって人、知ってる?」

「えっ??」

「今日、ゴルフで一緒だったよ。何年ぶりかにゴルフをしたと言っておられたけど結構上手だったよ。仕事でずっと県外に行ってるみたいだね?さぁの事も知ってるって…何か妹みたいに思っていたって懐かしいって」

私の中で封印したはずの(な訳ないけど)杉原さんの名前が中田から聞かされるとは。

「ゴルフを教えてもらったり、福岡さん達と飲みに行ったりしてた時期があったよ。杉原さん、帰って来られたの?」と必死な答弁の私。

「またすぐに向こうに行ってしまうって。さぁに宜しくって」

「そう…」


毎晩のように遅く帰宅する中田と久しぶりにまともな会話をしたような気がしたが、そんなこと、どうでもよかった。


杉原さん…戻ってたんだ。

ゴルフしてたんだ…