努力と運と、どちらのほうが重要なのか、という
ご質問が、時々あります。
もちろん、どちらも重要なことです。
「運に向けた努力」
運( = 自分の目標にかなったながれ)に向かって
努力をすることがとても大切です。
運を引き寄せる努力、と言い換えても
いいかもしれません。
運は、ある種の「速度」を持っていますので、
運を引き寄せる、つまりその運気のながれに
身を置くためには(その速度に乗るためには)、
自分の体調や気持ちをそこまできちんと
持っていくことが必要になります。
時として、ここに「努力」が必要になるわけです。
たとえば難関校の受験でいえば、
その難関校に合格するレベルの受験生には
「相応の風」が吹いています。
その実力にはある種の「勢い」があり、合格レベルの
もの同士の会話にも、当然、その「勢い」があります。
この場合、それぞれの「努力」の量には差があっても
同じ風を感じることのできるもの同士でいることが
できるほどのレベルまでの努力をそれぞれが
続けてきたことは変わりありません。
つまり、「合格」という明確な運に向けた努力を
それぞれはしてきたわけです。
そしてそれがいつしか習慣となり
同じ風を感じるものにまでなったのです。
素質(性格)として、自分の体調や気持ちが
ある程度ととのっているかたは、すでにある種の
運を持ち合わせています。 (先天運)
禍福はあざなえる縄の如し
という言葉にあるように、状況それ自体に吉凶は
ありませんが、「同じ状況のなかに福を見出す力」を
持つことこそが、運に向けた努力をするポイントに
なることでしょう。
禍(いわゆる災い)は、大きなながれにのまれるような
イメージでしょうか。自分自身の意志とは無関係に
状況がすすむので、自分自身は「停止」「停滞」の感覚が
あります。
福(運のもたらされる状況)は、自らの望む好ましい波に
つつまれている感覚が、体いっぱいに広がります。
しあわせな気持ちで自分を導く心地よいスピード感で
物事がぐんぐん進んでいくので、気持ちは「幸運」「発展」
です。
しあわせは、自らの手でつかむもの
とも言われます。
人生においての幸運は、自らの積極的な意志の力によって
引き寄せるもの。そして、そのきっかけは、一見、不運にも
見える「停止」「停滞」のなかにヒントがあり
「未熟」「未経験」「不十分」のなかにヒントがあるのです。
同じ状況のなかに福を見出す力
が重要です。そして、見出したらすぐに行動を起こすこと。
時には、努力を始めることが大切になります。
(たいていは、閃きのような「直感」が教えてくれます)
運に向けた努力をすること
このことを肝に銘じておけば、自分や周囲にしあわせを
もたらすほどのきらめきを帯びる人生が用意されることでしょう。
もちろん、日々、相応の努力をしなくてはいけないことも
あるかもしれませんが、その努力もいつの日か自らの
習慣となり、また努力が習慣となったときにはじめて
運の感覚を自らの肌で実感する余裕が生まれてくる
ことと思います。