3日坊主もいいところ。
気がつけば1年以上も月日が・・・。
重い腰をあげようかな。得意げ

赤ちゃんの体重は、先生から想定では1600グラムくらいと言われてました。

1600・・・小さい。

どれくらいの重さだろう・・・。はてなマーク

自分の出産にいっぱいいっぱいで、赤ちゃんの状態まで気がまわりませんでした。

ずっとお腹のハリを遠のける点滴をしてきましたが、出産となるとこの点滴をはずして

お腹のハリから陣痛へともっていきます。

点滴をしていても、いっこうにお腹のハリは10分から15分ごとにやってきていたので、

点滴をはずすと、短い間隔の陣痛がすぐにやってきました。


世のお母さん方はみなさん、この痛みに耐えていらっしゃったんですね。

言葉では言い表せません。

だんな様と家族には「今日産みます」とだけメールすると、飛んでやってきました。


いつもは頼りなさげな旦那様、今回の突然の出産においてはすごく頼もしく思えました。

いろいろありがとね。


痛みに耐えきれず、助産師さんに「もう無理です」と告げると子宮が完全に開いたので

このまま分娩室へ行くねと言ってくれました。

分娩室に行くのも、分娩台に上がるのも、みなさん耐えてきたんですね。

激痛です。


分娩台にあがってからは、あまり記憶がありません。

「○○さん、落ち着いて!いきむときは合図を出すから!」

とまわりのみなさんがおっしゃっていましたが、合図が出てからいきめる人って

いるのでしょうか?

私は、あの激痛に耐え切れず、半分パニックになってました。

看護師さんも助産師さんも、私の足にカバーをかけてくれたりとゆっくりゆっくり

作業をなさっていたのですが、こちらとしては、「もう出る!はやく合図出せ~!!」

と心の中はキレてました。得意げ


気が付けば、スポーンと赤ちゃんが生まれてました。

分娩台に上がって15分くらいのことです。ニコニコ


生まれた赤ちゃんはしばらくたって産声をあげました。

出産前に、妊娠29周目の赤ちゃんは肺の機能がまだ未熟で、自分で上手に呼吸ができない・・・と

聞いていたので、産声があがったことに少し驚き、そして安心しました。

その後、分娩台の私のところにバスタオルにくるまれたままやってきました。


わぁ・・・赤ちゃんだぁ。。。

小さい!!

自分のお腹にいたんだ。

スゴイ!!


出産ってまさに奇跡ですね。ショック!

本当に感動的なものでした。


私の赤ちゃんの体重は1435グラムでした。

すぐにNICUに運ばれました。

1000~1500グラムで生まれた赤ちゃんは『極低体重児』と呼ぶそうです。

小さく生まれた赤ちゃんは、肺機能が未熟であったり、脳に指令を出す回路も未熟だったり・・・と

単に体重が少ない・・・だけではありませんでした。

出産する前は自分のことで精一杯で、生まれてくる赤ちゃんは少し小さいだけ。。。と

思っていましたが、いえいえ、考えなければならなかったのは赤ちゃんの方でした。

小さく生まれるということは、命になんらかのリスクをかかえているのです。

NICUの保育器に入っているわが子はあまりにも小さくて、

自分でミルクものめないので、口からチューブも入っていて、

見るに痛々しい姿でした。


でも新生児科の先生方はとてもたのもしく、分かりやすく説明してくださいました。

このNICUに約3ヶ月入院後、目標体重2500グラムを目指して赤ちゃんと一緒に頑張ろうグー

保育器の中の赤ちゃんを目にすると涙があふれそうになりましたが、泣いている場合では

ありません。

私がしっかりしなくっちゃ!

今の私にできることは、栄養がたくさん入った母乳をよく出して、毎日赤ちゃんに触ってスキンシップをとることです。


一緒に頑張ろうね!!


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出産予定日は2011年3月13日のはずでした・・・。

年末が近づくにつれお腹が苦しい・・・。

マタニティパンツをはいているにもかかわらず、お腹がキツイ。

妊娠8ヶ月に入り、これから胎教のCDでも買おうかなぁ・・・なんてお気楽に考えていた頃。

お腹がキツイのはただの「食べすぎ」と疑いもせず、お腹のハリであることにも気づかず、

忘年会へせっせと参加しておりました。


なんやかんやで出血があり、それがおしるしであることにも気づかず

なんとなく、「血が出たんですけどぉ・・・」的な気持ちで病院へ。

子宮が開いてきている・・・と言われ、救急車で大きな病院へ搬送されました。

「PICUで少なくとも2週間は入院、その後大部屋に移り少なくとも1ヶ月は入院」と告げられました。

24時間の点滴で1ヶ月以上も入院なんてショック!

考えられ~~~~ん!!!


一日家の中にいるだけで、半うつ気分になるプリンなのに、

病院に1ヶ月以上も閉じ込められるなんてありえません。叫び


家族にも「長期で入院だって~汗」と告げ、一旦帰ってもらいました。


採血、レントゲン、最低限の検査を終え、あとは点滴攻撃。

そのまま夜を迎えました。


12月31日。

世間は年越しそばを食べている頃でしょう。

私は病院のベッドの上で、「ダウンタウンのガキ使、絶対に笑ってはいけないスパイ」

を見ておりました。

見たい・・・!けど腹が痛い・・・!

ずーっとこれの繰り返し。

笑いたいけど笑えないあせる




翌日、早朝5時の採血のあと先生からの一言。


「感染症の数値がかなり高い。このまま赤ちゃんに感染する前に

産んでしまいましょう」


「え・・・?

私、まだ8ヶ月に入ったところ。

胎教のCDもまだ買っていません。

出産の呼吸方法、知りません。

昨日、家族に大丈夫と言って帰しました。

お腹もまだそんなに出ていません。

胎動もこれから楽しみにしてました。


・・・そもそも、母になる覚悟がまだできていません。」


えーーー!!!!!


その瞬間、目から涙があふれました。

先生はそんな私を見て、

「大丈夫。今回の出産には新生児科の先生にも立ち会ってもらいます。

うちの新生児科の先生は全国でも優秀な先生ばかりです。

安心してください。」


先生、違うんです。

生まれてくる赤ちゃんのことで泣いてるのではないのです。

出産をする。

母になる。

ということの覚悟ができてなかったので、急に怖くて涙が出たのです。


・・・私は心の中でそう思いながら天井を見つめました。