塔
そして夜が来たので 冷えた階段に 裸足のつま先をそっと置き 石造りの塔を昇る カタツムリの尽きない背中は 耳の奥の秘密に 似ている 満ちているのか 欠けているのか 月 ざらつく壁面を巡るたび くり抜いた窓から見える夜は 明に暗に顔を変える この耳が開かれるとき 地上より離れたここで 音の粒は揺らめき 尖塔へ向けた指先から 細やかに水蒸気が 立ち昇る 旋律は わたしの歯並びや指紋や 肋骨の間隔のように ゆるやかな傾斜と起伏とで 循環する 塔の最上階で 月を観る 今宵 ドビュッシーは わたしのうなじを 後ろに曳く *:Debussy, Estampes (1903) - 1. Pagodes