短編 金と銀の器 ⑨
弥生は、知りうる情報について、懸命になっていた。これから先の不安要素は、覚悟することで、何とかしたいというのが、弥生の持ち前でもある。
「言葉、、、ですか?」
「ええ、多分、九州の人間と会ってお話ししたことはありますか?」
「はい、九州の薬屋さんもお店にきますから。」
「どうです? 素直に言ってみて下さい。」
「そうですね。よく分かりませんが、九州の人同士で話していると、分からない時があります。」
「それと同じです。ですから分からない時は、聞いて下さい。もちろん弥生さんには、商いの手伝いもしてもらわないといけないですから。」
「分かりました。どうか嘉吉さんに迷惑にならないように頑張ります。」
「それと、父のことですが、今は床に寝たきりになっているわけではありません。ですが、かなり無理しているところはあります。多分、父は弥生さんに会って話を色々としたいと思ってます。母はもう亡くなってしまっているので、父の世話と相手もお願いします。」
短編 金と銀の器 ⑩
汽車が九州に入った頃には、弥生もさすがに疲れていた。汽車で嘉吉の隣に座り凛としていた弥生も、眠くなり、嘉吉の肩に頭を乗せたまま眠り込んでしまった。嘉吉は、まだ妻となった弥生の手しか触ったことが無いのである。弥生から漂う若い女性特有の香りに嘉吉は魅了されてはいたが、突然にであっても妻となってくれた弥生を愛しいく思い、自分も弥生の頭に首を預けるように眠ってしまった。
走り続けた汽車が終点の長崎に到着したのは、翌日の夕方である。丸一日と半分以上の汽車の旅はさすがに疲れた。弥生は九州がかくも遠いものかと改めて思った。
また、はじめての長旅が嫁ぎ先への旅になり、同伴しているのは、先日婚礼を済ませたばかりの夫であることを思うと、父親、母親、姉の存在がこれほど、遠いものだと、改めて寂しくなった。
汽車を降りて直ぐに、嘉吉は宿に向かった。後ろを歩く弥生を気にしながら、ゆっくりと歩いた。
宿屋に入ると、番頭が「若旦那、ようこそ。ようこそ。」と迎えに出てきた。そして、後ろに立つ弥生を見て、ぎょっとして、「若旦那、こちらの方は?」と聞いた。
「ああ、紹介します。妻の弥生です。」と、自然な感じで紹介した。
「はじめまして、嘉吉さんの妻になりました、弥生です。」と答えた。
番頭は、「こちらこそ、はじめまして、「蔦や」の番頭をしてます松田です。
奥様、以後尾も知りおきを。」といい、「若旦那、おめでとうございます。じゃあ、お部屋はいつもの部屋では、困りますね。離れの部屋を用意します。」と案内を始めた。