前回、前々回の続き
今回で三部作完結です
理由その三
他人に優しくすることで得られる
目的があるから
"打算"
これが1番分かりやすいですね
人の特性上
"損得"というものは
強烈に認識されやすいですから
取引先に気に入られよう
気になるあの子に振り向いてもらおう
怖い上司に目をつけられないように機嫌を取ろう
その変化量が見込めるものほど
一生懸命あの手この手で
どうにかしようとします
身近な人ほど
すでに"当たり前"になってしまっており
損得で計られるリターンが少ないわけです
会社では
色々なところに気が付き
営業成績も良好
でも家では
妻と子供との関係はギクシャクしている
なんてことはよくあります
損得勘定で
相手を見ていると
自分のことも
損得勘定でしか見られなくなります
〜をしたから俺には価値がある。
〜があるから俺には価値がある。
では
もしそれがなくなってしまったら?
肩書に囚われていた人が退職して、
"ただの人"になってしまったら
その人はこれからの人生
それに耐えることができるでしょうか?
行為や行動、もしくは容姿などの"定数"に
価値を求めていると
それを失った時に
自分を苦しめるものとなります
行為でなく存在
ありのままの自分をどう受け入れられるか
結局はここになってくると思います。
今回は
なぜ身近な人ほど雑にしてしまうのかを
テーマに書かせてもらいました
あなたが大切に想うひとを
きちんと大切にしよう
ではでは〜