前回は、承認欲求は不自由であるという内容でした。



では、承認欲求を離脱するにはどうしたらいののか?


"課題の分離"というものがあります。


この問題は自分にとっての課題であるのか?

それとも他者の課題であるのか?

これをごっちゃにしないで、明確に分けて考えましょうというものです。


その選択によってもたらされる結末を、最終的に引き受けるのは誰であるのか?


そして、それが自分のものではないと判断したのなら、他者の課題には決して踏み込まない。これが課題の分離です。


例えば、勉強しない子供がいたとして、その子の親は宿題をしなさいと厳しく躾ける。


授業についていけなくなる、希望の学校に行けなくなるなど、勉強をしないことによってその結末を最終的に引き受けるのは、親ではなく子供なんです。


子供の問題を、自分の問題と置き換えるとどちらもしんどくなっちゃいます。



身近な人ほど"心配"という大義名分を掲げてついつい口を出してしまいますが、他者の課題に踏み込むということは、他者の成長の機会を奪う行為に他なりません。



ここで注意が必要なのが、他者の課題に介入しないということは、放置をするということではありません。


人生の先輩として、子供に選択肢を持たせたり、助けを求めたらいつでも援助できるという姿勢を示す。


これは伝えておく必要があります。



その時その時で自分が最善だと思うことを選択する。

それによって他人がどう評価するかはその人の課題であって、"わたしの課題"ではないわけです。



僕らの施術でも同じことが言えます。


こちらが最善の施術やカウンセリングをしたとしても、身体や心、考えがどう変わるかはお客さん次第なんです。


自分が良くしてやるんだという考えは、お客さんを恣意的に扱うことになります。


その辺もセラピストの""なんでしょうけど、今の僕はあんまし好まないかな〜って感じです。


たとえ選択によってその方に不利益を被ったとしても、失敗したと短絡的に判断するのもおこがましい。


どう変わるのか?


それとも変わらないでいるのか?



あなたの選択次第で世界のみえ方は変わる。

世界はあなたの見たいように見えるんです。



ではでは〜