今、掴んでいるものも、
死ぬときには手の中は空っぽ。

沢山のことをおぼえてきたのに、
色んなことを忘れていく。

昨日できたことが、今日できなくなることもある。

それは悲しいこと ではなく、
掴める今が、尊くて
おぼえている今が、幸せで
昨日できたということが、奇跡なだけ。


失えば、新しい見方が得られる。

世間話は苦手でも、
価値観にかかわるような話は
ずっと聞いていても飽きないし、
ずっと話していても尽きることがない。

目の前の人が
どんな過去をもって、何を信じ、
誰を大切にして、どこに向かっているのかを知ることは、
自分の中にある縛られた考え方を解放させてくれる。

そして、自分という人の役を最も上手く演じられるのは自分しかいないと気付く。

その人の人生は、その人でなければ、
そこまでドラマチックに展開していかないと思うように。
世の中には、その立場になってみないとわからないことがたくさんある。
同じ傷をもった人同士にしかその痛さはわからない。

でも、その傷は癒され方によって治り方が違うのではないかとも思える。
それならやっぱり、
今の自分の立場だからできることを相手にやっていく外に道はないし、
やるべきなんだと思う。

自分の役割を生きることが、結果的に
自分と周りを最も生かす方向へ導いてくれるのだと信じています。


クッキーを教室で教わるなんて、
こんなに贅沢なことはないかも。
プロの技を伝授、嬉しいです。
先生のレシピと優しい指導が大好きです。

特別な日のきれいなケーキもいいけど、
毎日に溶け込むおやつ、ほっとされるお菓子、やっぱり私はここに費やしたいんだと改めて思いました。
今日で基礎教室終了。
レッスンのサイクルで、偶然、日常使いが一番多いこのメニューが最後になったのも、
何か縁を感じます。何でも縁に結び付ける…^^

日持ちもするので、これまた出番が多そうなメニューです。


明日やろうと先送りにした結果、
やれたことはいくつあるか?

今日を逃せば、その「明日」は一生こない。
今やらなければ、一生やらない。

死ぬまでに、いくつの「明日やろう」を潰せるか。

いつも、今こそが一番の好機。
ちょっと寝不足が続いただけで体調が崩れた。
健康だと思ってたけど、ぬるま湯生活だっただけ。

環境が変わるとすぐに身体にでるのは、
自分のだめな所だと思っていたけど、
それを癒すのもまた自分なのだと思うと、
かかる負荷の多さに、身体はちゃんと頑張っていてくれたのだと気付かされる。

身体が万全でなくなるのは、
弱っている箇所を責めるためではなく、
それまで正常に動いてくれていたことに
感謝していたわるためなのだと思いたい。
未知の領域に足を踏み入れるときは、
こわいから、
自分のためではなく、
他の人 を動機にする。

辛いことに出合っても、
その人が行動の動機なら、乗り越えられる。

自分のためだけに進もうとすると、
行き止まりにたどり着く。

人のために自分を生きると、
簡単に自分の枠をこえていく。


そう思える人に、この世で何人出会えるか。

人は、出会う人によって幾らでも変われる。
呑気と見える人々も
心の底を叩いてみると
どこか悲しい音がする

BY 夏目漱石


隣の人が何を考え、何を信じて生きているのかは
腹を割ってみないと見えてこない。

明るくみえても、闇を隠し持っていたりする。

その人から聞こえてくる悲しい音は、
きっと私の中にもある音。
たぶん誰の中にもある音。

その音が聞こえたとき、私達は共鳴している。


パートシュクレにアーモンドパウダー入りのクリームを詰めて、
スライスアーモンドとピーカンナッツをのせました。


派手な見た目ではないけど、
喜んでくれる人がいる。
初対面なのに、渡すと
感動してくれる人がいる。

それを知れたこの一年。