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今日は時間がないので取り急ぎ。(笑)

今三菱のギャランについて、その侮りがたい実力の秘密に迫っています。


三菱ギャランは1972年に、サザンクロスラリーという国際舞台で優勝しています。

これは、日本車としては初めての快挙でした。


それまでの国際ラリーというのは、有名なランチャストラトスなど、ラリー専用車両でなければ勝てなかったのですが、三菱ギャランの優勝は、本当にただの小型車での優勝でした。


ではなぜ、三菱ギャランは優勝できたのか。


前回記事で触れた、フロンとミッドシップ構造という、ハンドリングに優れた機能。

そして前々回記事で取り上げた、ロングストロークエンジンという、トルク重視の実用性に飛んだエンジン。


それに加えて、今回注目するのが、ギャランのボディーの重さです。


通常ですと、ボディーは軽ければ軽いほど、運動性能が上がります。

しかしギャランの・・・というより、1960年代後半から80年年代当時の三菱車の特徴は、総じて同じクラスの車種より、車重が重いのですね。


この三菱ギャランと、ほぼ同じサイズのカローラと比較すれば、100㎏ほど思いのです。


ギャランは重かったから、速かった・・・というのが、僕の説です。(笑)


というのも、この当時の日本の小型車には、サスペンション革命が起きていたからなんです。


そのサスペンション革命とは、前輪の主流が、ダブルウィシュボーンからストラットサスペンションに大転換したのが、このギャランの時期なのです。


自動車で前輪と後輪とどちらが大事かと言われれば、それは間違いなく前輪です。

自動車をまっすぐ走らせ、向きを変える主役は前輪です。


ですから、後輪を部品が少なくコストの安い、固定式サスペンションで済ませる事例はいくらでもあります。

しかし前輪はそうはいきません。

すべてコストのかかる独立式なのです。

でなければ、しっかりと路面に、タイヤを密着させることができないからです。


1970年代までの日本車は、その前輪のサスペンションに、ダブルウィッシュボーンサスペンションという形式を使っていました。

ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、前輪を2つのV字型のリンクでつなぐ形状です。

今でもスポーツカーでは主流ですし、レーシングカーはこの形式です。


この形式の大きな特徴は、路面にタイヤを、しっかりと密着させることができることと、部品が多いので、自由に動きを調整できるところなのです。


欠点とすれば、部品が多く、コストが高いこと。

大きく横に張り出しているので、スペースを取ることです。

要するに、ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、とても贅沢な形式なわけです。


しかしこの70年代前後、日本車はストラット式のサスペンションの導入を図り始めました。

日本車第1号は、トヨタのカローラです。


ストラットサスペンションは、部品が少なくコストが安くて軽量です。

踏ん張りが強い構造なのでタイヤの接地力も強く、縦に長いので横スペースを取りません。


また縦に長いので、悪路にも強い構造です。

ダブルウィッシュボーンサスペンションは、舗装路ではしっかりとしているのですが、悪路では伸びきる難点がありました。


良いことずくめ、特に小型車にとって、もってこいのサスペンションが、ストラットサスペンションです。

なぜストラットサスペンションが、カローラまで日本で採用されなかったかと言うと、特許期間中だったからです。


1969年にストラットサスペンションの特許が切れたので、日本の自動車メーカーは、こぞってストラット採用に踏み切ったのです。


が・・・ストラットサスペンションには、大きな大きな落とし穴があったのです。

それに気づいていたのは、70年代初頭の日本では、三菱だけだったと僕は思っています。


ストラットサスペンションの落とし穴とは何か?

それは、ボディーが強くないと、ちゃんとした動きをしない・・・ということです。


ストラットサスペンションは、モノコック構造のサスペンション連結部に、直接ダイレクトにつながっています。

ですから、ペラいボディーだと、サスペンション連結部が、グニャっと動いてしまって、タイヤの接地どころではなくなるのですね。


当時日本のメーカーは、ダブルウィッシュボーンに慣れ切っていました。

ダブルウィッシュボーンサスペンションは、部品が多いので調整が容易です。

ですからペラいボディーでも、何とかタイヤを接地できるんです。


しかし、部品の少ないストラットサスペンションは、そういったごまかしが効きません。

ロータリーエンジンの記事でも言いましたけれども、部品が少なければ少ないほど、構造がシンプルであればあるほど、基礎的な技術、土台の技術があらわになるのですね。


三菱以外の自動車メーカーで、このことに気づいていたと思われるのは、マツダとホンダと日産の一部(旧プリンス系)だけだと思います。

しっかりと当初から認識していたのは、三菱だけなのではないでしょうか?


それは昔の自動車雑誌の、走行インプレッションを見ればわかるのです。

日本車の多くが、コーナーでのハンドリングに困っていました。


アンダーステアが出るからです。

アンダーステアとは、ハンドルを切った分だけは曲がらない現象です。

これに多くの日本メーカーが悩まされていました。


ですから日本人には、ストラットサスペンションより、ダブルウィッシュボーンサスペンションの方が優秀・・・というイメージがあるんですね。

そうではなくて、強みが違う、特徴の違う形式なんです。


トヨタは初代ソアラ登場まで、このアンダーステアに悩んでいました。

日産は、スカイラインジャパンまで悩んでいました。

マツダは初代サバンナでは、この現象を克服していました。

ライバルスバルはレガシーまで、アンダーステアに悩んでいました。


これらの車種の前輪サスペンションは、すべてストラット型ですが、各メーカーはこれらの車種で、ストラットの落とし穴を克服したということです。

つまり、しっかりとしたボディーがなければ、ストラットサスペンションの、本来の性能が発揮できないことに、この車種まで気付いていなかったか、気付いていたけれども、それまでは対応できていなかったということですね。


このストラットサスペンション独特の、ボディーの弱さからくる悪性のアンダーステアが、最初からなかったのが、1969年発売の三菱ギャランだったのです。


つまり、三菱ギャランのボディーは、とても強かった・・・ということです。

これが、三菱ギャランのあなどれない速さの根源であり、サザンクロスラリー優勝の要因なのです。


しかし、ほかのメーカーのことを攻められません。

当時の世界で、三菱と同じ見解に達していたのは、ドイツのメーカーだけです。


ほかの国では、相変わらずダブルウィッシュボーンが、80年代まで主流だったのですから。


今日は時間がなくて、画像を貼る時間がありませんでした。m(_)m


それでは、またのお越しをー。(^O^)/