2月にかけて寒さが増してきましたね!
ウチの家族は寒さに弱いので、基本このシーズンは家で冬越しです。
息子はまた新しい技能を身につけまして、クイックルワイパーで掃除をするようになりました。
朝から親は大助かりです。
■疲れて寝る息子
さて、先日自分が新卒で入社した会社の同僚から連絡があり、久々に当時のことを思い出しました。
その会社はマネジメントや部下とのコミュニケーション論に相当熱く、チームリーダーになったら、
「毎日部下に、今日も会社に来てくれてありがとう、と思え!」
と言われるほど上に立つ者の謙虚さを徹底していました。
初めて入った会社があそこでよかったと今でも思います。
当時の部下育成では、
「信頼すること」と「期待すること」を切り離せ、
という考え方によく触れました。
人と接する時、信頼と期待を混同してしまうがために、相手とのコミュニケーションに苦しむという考え方です。
例えば上司がある行動を部下に期待するとします。
でも部下は上司の意図を汲まず、自分の判断でより自分にとって重要だと思う行動を選びました。
その時上司は、「なぜ言うことを聞かないのだ」と怒るケースがあると思います。
でも部下側からすると、上司の指示はどうあれ、会社にとって重要だと思う行動をとっているわけで、
別に間違いではありません。
ただ上司側からすると、部下が自分の指示に従わず、ストレスを日々感じます。
そして思うように望んだ通りの成長をせず、イライラします。
そんな時に「信頼すること」と「期待すること」を切り分けよ、と教わりました。
相手のことは信頼しても、期待はしない。
期待しない、なんて言うと相手を見捨てるというニュアンスに聞こえますが、そうではありません。
例えば親子関係で言うと、子供が親の望む職業とは別の道に進みたい、と言うとします。
「お前の好きなように生きろ」と親が言えば、それは子供を信頼していて愛に満ちたスタンスです。
そして、「一方的な期待」をしていません。
一方で、子供に具体的にこんな仕事に就いて欲しいと願う親がいるとします。
そういうケースは親が自分が果たせなかったことを子供に託していることが多く、
言ってしまえば「親の都合」で子供の特定の行動を願っているのですね。
「期待」という行為は基本的にこちらの都合であることが多く、時に相手を遠ざけます。
もし相手が自分の望み通りの行動、態度をとってくれない時、
それはこちらが一方的に要らぬ期待をかけてしまっている場合があるのだと思います。
うちの息子をはじめ、子供なんてコントロールできない代表例…
無用な期待をかけず「信頼する」ことに徹してみると、こちらも不要なストレスはかかりませんね。
なお、「信頼」に徹し続けると、相手が思わぬところで「期待」に応えてくれるようになる、
という嬉しい出来事を過去にいくつか経験しました。
以前敬語を使わない女の子の部下がいたのですが、
それをムゲに叱らず、あえて他に出来ている点を認めるスタンスで日々接していたら、
やがて態度を改めてちゃんとこちらにも接するようになりました。
人は自分に信頼を寄せてくれる者に対しては、
期待に応えようとするのかもしれませんね。
自分が子供だった時、親への態度を思い出しても、そうだったと思います。



































