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「足速っ…!」
みっちゃんを追いかけながら 今までのミカとのメールのやり取りが頭の中を駆け巡っていた。
『みぞれではないです。雨です。』
なんだこいつって すげぇ生意気って思ったのが第一印象
『春を見つけました』
そう言って梅の花を添付してきたよね。あれはタコ公園の梅の花だったんだね
『忘れたいのに忘れられない。こういう時どうしたら良いですか』
彼女の初めての悩み相談…早見のことだったんだ?いつもと違うテンションに結構心配したんだよ。
『ネクタイをプレゼントする人の心理知ってる?あなたに首ったけ』
だからオレ 誕生日プレゼントがネクタイだったから すっげぇ期待してさ。
・・・・
メールの言葉ひとつひとつに ぼんやりだけれど想像していたミカが瞼の裏でコロコロと表情を変える。
頬を赤くしてるんじゃないかって目に涙を溜めているんじゃないかって…いつも想像していた。
「みっちゃん、待って!」
すぐに話を変えるところとか 思いを決して譲らないところとか それは驚くくらいオレを楽しませ
日に日に想いを募らせる。会ったこともない相手に心高鳴らせる
「ミカ!!」
こんなに近くに居るなんて思わなかったな。
・・・・
クラクションを鳴らす車の波に 怯むことなく飛び出したミカ
目をギュッと瞑り 身を縮めた彼女の腕を思いっきり引っ張り抱き締めた瞬間
「ッ!!」
キキィー!!
急ブレーキの音と罵声…そしてドカッ!!という鈍い音がオレの体半分に響いた。
「痛…ってぇ…」
どうせならもっとロマンチックな雰囲気が良かった。
いっそ抱きしめられるなら。
・・・・
「…ハルさん…」
胸の中で震えるみっちゃんがそっと顔を上げた。
「ハルさん、ハルさん…」
何度もオレを揺すってオレが確かなのを必死で確認しようとして。
「…あぶねぇ…」
間一髪…歩道へと身を投げることに成功した。
空手を習っていて良かったと思った。瞬発力だけはお蔭で身についていたから。
「ハァ…」
身体を起こした時 赤信号は青信号に変わり 怪訝な顔で通り過ぎる人達の視線を受けながら
「…あのさ…」
今更のように恐怖に襲われ 震える手でギュッと拳を握る。そして
「…何考えてんだよ!!」
横断歩道の手前で座り込んだまま ミカを怒鳴った。
「危ないとこだったんだぞ?!」
「ごめんなさい ごめんなさい…」
だけど 大粒の涙を落としながら何度も何度も謝る彼女を見ていたら 冷静でいなければと自分に言い聞かせて。
「…っ…」
勢い良く地面に打ち付けた半身が痺れていた
そっと右腕に手を添えると 手の平がまばらに血に染まる。
腕はそれこそ手首から肩まで 全て擦り傷で覆われていて
風呂入ったら沁みるんだろうななんてやけに冷静に 思ってしまっていた。
「…勘弁してよ…」
信号が青から赤へとまた変わったのを見てやっとの思いで重い腰を上げる。
「立って。」
彼女は足に力が入らないのか座り込んだままだったから
「いつまでもこんなとこ座ってちゃ恥ずかしいから。」
右腕の痛みに顔を歪めながらも引っ張り立ち上がらせた。
「あ、ちょっと…タクシー…」
手を上げ 通り過ぎようとしたタクシーを捉まえる。
未だうな垂れて しゃくりあげる彼女をまた胸に抱きしめ
「大丈夫?」
「ハルさん傷だらけで…私…」
「オレは大丈夫だって。みっちゃんこそ膝擦り剥いてんじゃん。それより乗って。みっちゃんち行くよ。」
「え…」
「運転手さんに住所言って。」
・・・・
逃げてばかりの彼女
「ハァ…」
もう逃げる事のないように。
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