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あっという間に***が戻る日になった。
朝から街に響き渡る蝉の合唱がうるさい
まだ朝の七時半だというのに すでに幼なじみ勢揃い いつもの席で問題児を囲む。
「考え直せよ 一護。」
***を見送る為 本当なら昼過ぎに訪れる予定にしていたここクロフネのはず。それなのに
突き付けられた最悪のシナリオはオレ達の気を急かせた。
「…どうにもなんねーだろ。」
そのとおりに事を進めると決意した一護を思い止どませる為に。
・・・・
『ウソだろ…』
『マジ。…やらかした。』
もしもの話をしなかったオレ達は 突き付けられた現実に狼狽え戸惑った。
何が一番最善の策なのか だけれどそれは誰を主体に考えるかで大きく舵を変える。
「…別れるしかねぇだろ。」
そう うな垂れる一護は消してしまうイノチを思う
だけどオレ達は
「**ちゃんと別れちゃ駄目だよ。」
永遠に続くだろうコイツの想いを思う…。
一護の中でいろんな葛藤があったんだと思う。
モヤモヤとした気持ちのまま***と三日間を過ごした。
心の底から決して楽しめはしなかっただろうけど 一護は***と過ごす1分1秒をそれは大事に過ごしていた。
それは間もなく訪れる別れのせいで…たぶん 駅で別れを告げようとしている
そんな事 オレ達が黙っているわけはなくて。
理人はイライラとした様子で またどこか一点を見つめ続ける一護に言う。
「沙希ちゃんに頭下げなよ?答えられないって、何度も何度も頭下げて どうしても***ちゃんとは別れられないって言いなよ。」
「オレもそう思う。あいつだって遊びだったんだろ?それを今更…」
胸の中のイライラを言葉として発するとどうしても声が大きくなる。
その都度唇に人差指をあて声を落とせとリュウ兄に制された。
「よく考えろよ。一時の事じゃないぞ。これからずっとだぞ。」
キャンキャン言うオレや理人だけではなく 腕を胸の前に組み 剛史の冷静な意見からも説得する。
「好きでもない奴とこれからずっとだぞ?お前それができないから今までどの女とも別れてきたんだろ。」
***に会う前の一護はそうだった。
答えたいのに答えられない、だから付き合っては別れるの繰り返し…相手と一緒にいるのがしんどくなるんだ。
「というより***はどうなるんだよ?」
けれどそんな事より***への気持ちを押し殺せるはずがなかった。
「あいつを泣かせる事になるんだぞ?」
・・・・
二階で眠っている***はどんな夢を見ているだろう。
『久しぶり!!』
花火大会の日 二人を待つオレ達のところに***は満面の笑みでやって来た。
『イチャつくなっつの。』
腰を降ろした途端一護はまるで包み込むかのように***を背後から抱きしめる。
振り返っては微笑み合っていたよな。
***は頬を桃色に染めて一護の手に手を重ねる。
照れ臭そうに嬉しそうに…まるで二人でひとつにも見えた。
そんなに好き合っている相手を忘れられるわけがないんだ…。
「…。」
オレ達の言葉を俯いたまま黙って聞いていたけれどやっぱり一護は首を横に振り
「…沙希を好きになるよ。」
「はぁ?」
「好きになるよ。努力する。…ほっとけないだろ、だって…。」
堂々巡りが終わらない。
「ほっとけるか?」
一護はどこか諦めたかのように笑いながらオレ達一人ひとりに目を向け
「イノチを消すんだぜ?沙希にも傷をつけるんだよ、心にも身体にも絶対消えない傷。そんなものに比べたら俺らの付き合いなんてゴミみたいなもんだろ。」
「だけどさ、これから先ずっと***ちゃんと一緒にいるんじゃなかったの?」
理人は今にも泣きそうな顔をして
「本当に良いの?沙希ちゃんに頭下げれば良いじゃん!許してくれるまでずっと頭下げなよ!」
「理人、声がデカい。」
すかさずリュウ兄がため息とともに止めて…その繰り返し。
・・・・
リュウ兄は何度か一護に***の様子を見に行かせていた。
その都度オレ達のやり取りは途切れたけれど それはそれでどんな言葉だったら一護は頷くのかと考えるのに丁度良かった。
何を言ってもどう説得しても責任っていう二文字を背負おうとする。
オレ達は頭を抱え何が最善の策なのかを何度も考える。
一護の悲しむ姿を見たくない ただそれだけなんだ。
「妊娠してんだぜ?」
寂しそうに…笑いながら言った。
「金渡して ハイサヨナラって…そんな事で済む事じゃねぇだろ。」
こいつの言っていることに間違いは一つもない。正しいのは間違えない…
「…だけど***ちゃんがそれを知ったら…」
「***に本当の事を言うつもりはないよ。遠距離やっぱ無理でしたってそう言うつもり。」
あぁ~、もう…。
「二股するほど器用じゃないし、あいつと付き合ってたら沙希をほったらかしにするのは目に見えてるし」
「いやいや、一護…」
「遠距離してて良かったわ。遠くにいる分別れるのは楽だよ。」
「ちょっと待てって。」
無理して笑おうとする一護にオレはなんだか腹が立った。
「何言ってんの?お前らに距離は関係なかったろ?」
だってそうだろ?何ひとつ変わらない 逆に想いは募るばかり
「適当なこと言うなよ、そりゃ分かるけどぉ!」
天井を仰ぎため息しか出ないオレはこいつの為に何ができるんだろう…
「見損なったよ、いっちゃん。僕が***ちゃんと付き合えばよかったよ。」
「…お好きにどうぞ。」
「ふざけんな、理人、一護。」
ずっと黙っていたリュウ兄が随分と声を低くしそんな二人の言い合いを止める。
リュウ兄は何も言わなかった。ただオレ達の言葉に耳を傾け 時に一護の横顔を見つめるだけ。
哀れみにも似た目で一護を見つめるだけ…
・・・・
カチ…カチ…
クロフネの時計の秒針がこんなに大きな音を立てているなんて今まで感じた事がなかった。
それはまるで一護と***の別れへのカウントダウンに聞こえ始める。
「…とにかく。」
剛史が大きく息を吐き 身を乗り出して一護を見つめる。
「別れるな。今はそう思っていても、絶対に後悔するから。」
その言葉にオレ達は頷く。
「後悔するって分かってることを薦めることなんてできないから。」
「あと一年半だよ?あと一年半で***ちゃん帰って来るんだよ?」
理人なんてもう必死…
「いっちゃん、もう1回考えて。***ちゃんと別れるなんて言わない…」
・・・・
…俯いていたオレだったけれど理人が口をつぐんだのは分かった。
そして変な沈黙がまた…。顔を上げ理人に視線を向けたけれど
「…あ…」
・・・・
オレの後ろに視線が集中する。
だけどオレは振り向くことができなかった。だって背後から
「…妊娠って…誰が?」
…消え入りそうな声はちょうどオレの真後ろ
「…沙希ちゃんって…あの…お正月に…」
…最悪だった。
「…ッ」
オレは思わず顔を覆った。
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