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半信半疑ではあった。
「…ハァハァ…。」
だって『鈴蘭』の少女の瞳の先 それは足元…つまりスズランが植えてあったこの花壇の下だなんて。
「暑…。」
たとえ私の考えどおりだとしても椿姫肖像画まんまをこの下に埋めるわけはない。
あるとしたらきっと在り処を示した何か…たとえば地図とか…
「…ハァ…。」
真っ白いスズランの花は時の流れに逆らえなくて鬱蒼とした雑草へと姿を変え花壇を覆う。
閉館後の博物館で一人 咲き誇っていただろう場所の草を抜きスコップで掘ること何時間…。
地面に跪くことでストッキングは土色に染まり ヒールは土に埋もれ
放り投げた上着は毟った草の下敷きになり 汗を拭うせいで頬は茶色く染まってしまった。
「ハァ…。」
この暗闇で満月の光だけを頼りに黙々と地面を掘り起こしている私。
流輝さんの笑顔が見れたらもうそれで良い。
「…あ。」
「…ハァ…」
私は地面に這いつくばる。
爪が真っ黒になることなんて気にもならない。湿った粘っこい泥を必死で手でかき分け
土の色と差ほど変わらないこげ茶色の油紙に包まれた箱らしき四角い何かが目に入ったら
「ハァ…ハァ…。」
この土の上にペタッと腰を下ろし
ガサッ…
取り出すだけ。
・・・・
「…あった…」
あいつらしい…ダビンチの曾孫なのだとしたらそいつらしい場所にお守りは隠してあった。
本棚に並べられたいくつもの美術本。その中の一冊が分厚さに比べたらやけに軽く真新しい。
「…ハサミ…」
刳り抜かれた空洞に色褪せた朱色のお守り 震える手で取り出し
ザクッ…
遠慮なく…閉じられていた袋の口を一線に切る。
この中に何が入っているのか。ただのお札なら***はすっげぇ怒るだろうな…。
息を飲み 僅かに見えた白い包みを指先を使って取り出す。
「…。」
そして…
ガサ…
「…フッ…。」
・・・・
~♪…
どれくらい俺は抜け殻のように茫然としていただろう。何十回かの電話にやっと気付いたのか。
携帯がまたけたたましく音を鳴らすからビクッと身体が跳ねる。
「…もしもし。」
俺の声は震えてはいないか。小さすぎは…しないか。
けれどそんな様子も興奮し切っていた***には伝わらなかった。
『流輝さん見つけた、見つけたよ!』
「え…?」
飛び跳ねている…走っている?耳に届く音は***の声だけじゃなく、
風に声が飛ばされて言葉は時に荒い息でかき消された。それに加えて聞こえるはずのヒールの音がしない
「お前、今どこ…。」
『肖像画の在り処が分かった!地図があったの!今帰ってるから…キャッ!!』
「***?!」
ザザザッ!!と思わず耳を離す程の雑音
「…。」
こいつの居る場所が分かった気がして。
『イタタタ…ハハ。』
こいつが走っている場所が分かった気がして…。
玄関を飛び出したのはもうすっかり街が寝静まった頃。
バタン!!
・・・・
博物館の裏側 鬱蒼とした林の中へ身を投じれば自分自身さえも分からない程暗闇に染まる。
木々に覆われ夜空を照らす月だけが時折顔を見せるだけだけれど
唯一その月光が俺の行く手を照らす光になった。
『勝手に箱が開いたの!』
こいつは走りながら笑っていた。
勝手に開いたんじゃない。お前は人差し指をきっとその箱の鍵穴に翳した。
お前は自分の手でお前の曾爺さんの願いを叶えたんだ。
「俺も見つけたよ。」
キャンパスの切れ端で包まれていたダビンチのイニシャル入りの指輪
『えぇ?なに?!』
朱色のお守りのなかに。
・・・・
興奮していたのは俺だったのかあいつだったのか。分からないけれどお互い夢中になって走っていた。
樹の弦に足を取られても 梅雨明けの湿った落ち葉に隠された水溜りに填まっても。
『ハァ、ハァ、』
林の中月の下お互いを求めて。
「***…!」
暗闇の中 お前っていう光だけを求めて。
「うわっ!!」
「キャァ!!」
ドンッ!!
・・・・
一瞬視界を遮った黒い影。跳ね飛ばし跳ね飛ばされた落ち葉の上
「…痛ぁ…。」
鬱蒼とした林の中満月の下 一度あることは二度ある…それは偶然ではなくまさに必然 いわゆる運命。
「す…すいません…。」
相手がお前なら どんな運命だって喜んで受け入れるよ。
★END★
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「ブラックフォックスの正体が分かったって本当ですか!」
俺は突然の本部からの呼び出しに興奮を抑えきれず捜査室のドアを開け叫んだ。
「戸越、話が飛躍しすぎだよ。メンバーの姿を映した画像が手に入ったって話。」
先輩は鼻で笑って息の荒い俺にパソコンの画面を見せる。
随分と明るい夜…雲一つない夜空にぽっかりと満月だけが浮いていた夜だ。
話はこうだった。
博物館で楊貴妃の涙が盗まれた夜は満月
「その月を望遠レンズで撮影していた中学生がいてさ。」
突然鳴り響いた非常ベルの音。どこかの家で爆音の目覚まし時計が壊れたのかと思ったらしい。
「けれどサイレンの音が聞こえ初めて…林の隙間から様子を伺おうと月からレンズを動かした。」
まだ三月の肌寒い夜
「そうしたら林から突然黒い影がバッと現れた。」
「この男がブラックフォックス?」
「たぶんな。」
初めて姿を捉えることが出来た黒い影。ずっと追い掛けている獲物…。
同僚たちはしきりに首を振り両手の平を天井へと向ける。
「横顔どころかほとんど後姿。背が高い男だってことぐらいしか分からない。」
「…。」
「一瞬の事だったらしい。それこそ風のごとく消え去ったって。」
「…。」
ガヤガヤと笑い声の木魂する会議室で俺だけだった。