LUNA:32 (怪盗X恋の予告状:Long:柳瀬流輝) | ANOTHER DAYS

ANOTHER DAYS

「orangeeeendays/みかんの日々」復刻版

ボルテージ乙ゲーキャラの二次妄想小説中心です
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日々の出来事など。

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「流輝坊ちゃま。」


重厚な扉を開けると菊乃が駆け寄ってきた。


「久しぶりだな菊乃。」


腰を曲げ深々と頭を下げる彼女が随分と小柄に見える。老女になったと感じた瞬間。


「オヤジは?夕方に顔を出すと昨日話をしたんだけど。」


「先ほどまでいらしたんですが…。」


菊乃は言い難そうに閉じた扉へと目線を向ける。


「呼び出しておいて相変わらずだな。」


毎度の事だといっても腹が立つ。


「まぁどうでも良いけど。」


背広を脱ぎながらダイニングへと向かい 俺の席であろう上座にドカッと腰を降ろす。


「悪いけどコーヒーを煎れてくれないかな。菊乃も座れよ。」


俺がまだ幼かった頃から住み込みで柳瀬家に労を費やしてくれている菊乃。


無駄に広い家に庭にと彼女は随分と骨を折ってくれた。まぁ一番の気苦労は俺達家族にだろうけれど…。


「ケーキを買ったんだ。一緒に食べよう。」


伊吹がまだここに住んでいた時にはそれでも月に一度は帰って来ていた。


けれど最近の俺は屋敷に近寄ることさえない。

だから菊乃とこうして顔を合わせ言葉を交わすことはいつぶりだろうと記憶を辿る。

「坊ちゃま 何も変わりはありませんか?」

「ああ。」

優しく微笑み頷く菊乃の顔に母親の面影を見つけた気がして

「早く。食おう?」

俺はガキみたいに急かした。

・・・・

遠慮がちに同じテーブルに座った菊乃と会わなかった日々の話をする。

たわいもない話。だけれどその日常の一部一部がまだ幸せだった俺の過ごした日々を映し出す。

「酔っぱらった流輝坊ちゃまに伊吹嬢さまが随分と可笑しそうに笑って…。」

「ああ、あったな、そんな事。もうお兄ちゃんお酒飲んだらダサいってすっげぇ笑うの。」

伊吹のことを笑って話が出来る唯一の相手。

俺が素の自分を出せる相手…それが菊乃だった。

でも本来なら…。

「…坊ちゃま。ご主人様がこれを渡せと。」

「…ん。」

ケーキを平らげ一息ついた時 菊乃はオズオズと大きな封筒を取り出す。

「ああ。見合い相手の写真だろ。」

・・・・

昨夜…それこそ黒狐の引き戸に手を掛けた時 どれぐらいぶりか親父から電話がかかった。

ただ一言

『お前の結婚相手が決まったぞ。』

・・・・

いつかこんな日が来るんだろうと思っていた。

親父の跡を継いで代議士になって?その為に名の知れた企業の女と一生を共にして。

「…分かった。明日仕事帰り家に寄るよ。」

俺の未来は俺が生まれた瞬間からもう決まってる。それが嫌で何度も衝突したっけ。

その度に母親も伊吹も『お父さんと仲良くして。』そう言って泣きながら俺を止めた。

「じゃ…明日。」

俺のかけがえのない家族。それは財産や権力を得ることしか頭にないオヤジただ一人。

本来なら事故で母親を失い病で妹を失い…俺と親父の絆は強くなっても良いのかもしれない。

けれど溝は埋まるどころか広がるばかりだった。

誰のせい?用意されたレールをはみ出そうとする俺か。

「…。」

電話を切った後 黒狐から漏れる笑い声を耳にしながらも見上げた月。

「…クソ…。」

俺の未来をあざ笑っているかのように輝く少しだけ欠けた月。

その月を…俺の部屋からまさか***も見ていただなんてな。

・・・・

「ご結婚されるのですか?」

菊乃は随分と寂しそうな顔をする。それはきっと俺の心情が分かっているからだと思う。

「ああ。籍入れれば親父は納得するんだろ。だったら入れるよ。」

「…良いのですか?」

「ああ。」

手渡された封筒。けれど俺は中身も見ずにテーブルに置く。

顔なんてどうでも良い。名だけの妻だなんて興味ない。

「そういえば菊乃、いつもありがとうな。白百合を。」

菊乃との温かい時間をオヤジの為に壊したくなかった。だから俺は敢えて話を変える。

「え?」

「白百合だよ。母さんと伊吹の月命日に決まって墓に供えてくれているだろ?」

「白百合…。」

「好きだったもんな。」

そう言ってコーヒーを飲み干す。

首を傾げる菊乃を俺が視界に入れていれば また違った話になったのか…。

「そろそろ帰るよ。オヤジに言っておいて。顔合わせの日取りが決まったらまた連絡してって。」

席を立つと菊乃も慌てて立ち上がり俺の背広を拡げる。

「ありがとう菊乃。楽しかったよ。」

そう背を向け拡げられた上着に腕を通そうとした時

「…流輝坊ちゃまには大事な女性はいらっしゃらないんですか?」

…隠していた心の奥底を突かれた。

振り返ると今にも泣きそうな顔をして笑う老女…菊乃は何でもお見通しなのな?

「よろしいのですか?その女性は。」

「…。」

瞼に浮かんだ女は カエルのように床にひれ伏すあいつ。

「…ああ。」

思わず笑みが零れたのは 未来のない愛だとしても初めて好きだと感じた女に想いを伝えることが出来たから。

「伊吹は…俺とオヤジがうまくやっていくことを望んでいたんだ。」

大きく息を吐き 菊乃に笑い掛ける。

「でも うまくやっていくことは出来ない。けれど仲の良いフリをすることは出来る。」

俺が我慢さえすれば。

「出来の良い息子。オヤジの中でだけでもそんな俺が存在すれば俺ら家族報われるだろ。」

それが柳瀬家に生まれた宿命…だろ??

・・・・

「また来るよ。近いうち。」

「お待ちしています。」

深々とまた頭を下げる菊乃に手を振り閉じた扉。

パタン…。

この重く厚い扉が嫌いだった。

「ふぅ~…。」

だっていくら蹴ったってビクともしないから。



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