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ナオさんお誕生日おめでとう。
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後藤さんがシェアハウスを出て行ってからもう一ヶ月が過ぎていた。
「…。」
ハンバーグを一緒に作ったことを彼は覚えているだろうか。
リベンジさせてくれって言っていたけれど…口先だけだったんだろうか。
「…。」
ベッドの上膝を抱えながら 彼の姿を思い浮かべる。
私…好きになってたんだろうな。後藤さんのこと…。
気づいたら彼のことを想っている自分。彼がいた部屋の前を通るたびに足を止めてしまっている自分…。
「あ~あ…。」
今日は私の誕生日だっていうのにため息ばかりついて湿っぽいったらない。
けれど
ぐぅ~…。
「…お腹すいた…。」
お腹は空いちゃうわけで。
今日が私の誕生日だって知った昴さんは呼ぶまで部屋から出るなと 戻って早々私を部屋に閉じ込めた。
けどさっきから良い匂いが部屋にも漂ってくるんだよね…。
昴さんのことだ、きっとご馳走を作ってくれているだと思う。期待しながらもやけに今日は遅いなと時計を何度も確認していた。
「ナオー。飯出来たぞ。」
「あ、はい!」
リビングから聞こえた昴さんの声に 待ってましたとばかりにベッドから飛び降りる。
「お腹すいたぁ~。」
私は空っぽの胃袋を撫でながら皆の待つリビングへと降りたんだけど…
「え?」
食事を作った時の独特なぬくもりは廊下まで感じるけれど 電気の付いていない真っ暗な部屋は私を扉の前で足止めさせる。
え…なんだろ。
恐る恐るカチャッ…と扉を開けた途端、だった。
パン!パパン!!
「キャァ!!」
思わず目を強く閉じその場に屈み込んだ私。
なにぃ???
一斉に向けられたクラッカーは弾ける音と共に頭に何色もの帯を振り掛ける。
「おめでとう。」
皆からの拍手と祝福の声…そしてやっと部屋に電気が灯されたことで私は情けなくも笑いながら目を開けることが出来た。
「もぉびっくりした…。」
半泣き状態になりながらも これは皆からの祝福なのだと分かると頬は緩んでしまう。
「おめでとう。」
未だ屈み込み深呼吸をしている私に笑い声と共に差し伸べられた手。
「本当にびっくりした…、」
誰か、なんて確認もせずにその手に手を重ねて顔を上げた時だった。
え?
「アンタが驚くだろうからこういう祝い方は反対だと言ったんだが。」
…そう言ってギュッと握られた右手…。
その主にクラッカーなんて非にならないくらい驚いてしまう。だって
「…後藤さん…。」
思い描いていた人が目の前にいたから…。
「久しぶりだな。」
そう言って静かに微笑む彼にこれは夢じゃないのかと何度も目を疑う。
けれどその手のぬくもりはしっかりと感じることが出来て。
ウソ…。
彼の登場に腰が抜けたような私。高鳴る胸も赤く染まる頬も隠すことが出来なかった。
「何をきょとんとした顔をしてるんだ。さぁ食うぞ。」
昴さんがそう言って席に着くようにと椅子を引いたから 私はそこでやっと我に返り立ち上がることが出来た。
「…うわ、すごい!!」
目の前に鮮やかに並べられた料理に私は感嘆の声を上げたけれど
「まぁ…美味くはないだろうけどな。」
「え?」
席に着き見渡す料理に美味しくなさそうな物なんて何一つない。首を傾げた私に
「…アンタのは俺が作った。」
「え?」
隣に座った後藤さんが申し訳そうに視線を落とす。その先にあるものは
「…ハンバーグ。」
皆のものは昴さんが作ったんだろう 形や焼き具合 添えられたスナック豆や人参のソティだって色が艶だっていた。
けれど私の目の前に出された真っ白いプレートに載るものは
「…少し焦がしてしまった。」
かなり黒く縮こまったハンバーグに 焦げ目の付いている人参、スナック豆に至っては実が飛び出ていた。
「こいつがどうしても自分が作るって聞かなくて。」
昴さんは後藤さんを睨みながらシャンパンを開ける。
「約束したからとかどうとか…。食わなくて良いぞ、ナオ。」
「黙れ、ローズマリー。」
「うるせぇ、パジャマ。」
「えぇ?」
意味の分からないことを言い合い二人は睨み合う。
何のことか分からなかったけれど彼らは知り合いだったんだってその時気づいた。
だから…私の誕生日だからって昴さんが呼んでくれたのかなって…。
「…約束、覚えてくれてたんですか?」
私は後藤さんの横顔を見つめながらポツリと問うと 彼はゆっくり振り返り
「ああ。リベンジさせてくれと頼んだのは俺だ。」
その瞳は昴さんへと向けられるものと打って変わってとても優しいものだった。
「一緒に作りましょうって…言ったのに。」
私はその瞳にある意味見惚れる。いつも無表情だけれどその瞳はいつも優しく温かかったから…。
「でも嬉しい…。ありがとうございます。」
けれどすぐに目を逸らし頭を下げたのは
「またアンタに…会いたかったからな。」
もう涙が溢れて堪らなかったから。
・・・・
シェアハウスで迎える初めての誕生日。
とっても賑やかでとっても楽しくて嬉しくて堪らない夜だった。
「…苦いか?」
皆の笑い声に隠れてコソッと後藤さんが私の顔を覗き込む。
「…ちょっと焦げ臭いですね。」
「そうだろうな…。」
申し訳そうに目を伏せる彼。その表情があまりにも落ち込んで見えて私は声を出して笑う。
「またリベンジしてくださいね?」
・・・・
私の恋はこれからどうなるか知れない。けれど
「ああ。約束する。」
彼との約束は絶対現実になるんだって
「約束!」
繋いだ小指に確信した。
★END★
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