2025/10/05

 

ひさびさに政木和三先生の著述を取り上げたい。彼の体験が稀有なことだから。

 

先生が言うには、わたしたちの常識では計り知れない世界、現象、世界生成の仕組み、それを支えるエネルギーが存在する。

 

わたしたち凡人は、自分たちの常識の範囲で理解できることしか理解しないし、常識の範囲をはみだす事象については無視をしようとする。とても器の小さい存在だ。そして、先生もそのひとりだったと言う。

 

先生はこう述懐する。

 

「どうしてこんな立て続けに奇跡が起こるのだろうか。
 不思議に思う私に、
『汝があまりにも人間性が低く、疑い深いが故に、神仏の世界のたわごとを、汝の目の前に示しただけである』
 という生命体からの信号があった。
 超常現象などありえないと、完全に疑うなら奇跡は起きない。
 ありえるかもしれないけれども、しかし多分ありえないだろうと疑う。
 そういうふっ切れない疑いがあるからこそ、これでもか、これでもかと、次々に神は奇跡を起こすのだ、というのである。
 私は、この生命体からの信号によって、完全に迷いがさめたような気がした。
 もう疑うことはやめよう。
 信ずることだ。
 目の前で起きた超常現象は、疑いもない事実である。
 この世には、人間の知らないもう一つのエネルギーが存在するのだ。」

 

かつて野口晴哉の書物に、物質のトランスポーテーションの記録を発見したが、政木和三先生のそれと酷似している。野口はそれは神を冒涜するものだと実験をやめてしまった。科学者の政木先生はその奇跡の本質を見極めたいと実験を続けた。同じ体験者でこうも考え方やアプローチが違うのもおもしろい。

 

先生は言う。

 

「実験によって証明されれば、それは真実として認めなければならない。
 それが、私の基本的な姿勢である。
 超常現象や超能力というものが、はたしてこの世に存在するかどうかという問題に関しても、私はこの基本姿勢を貫いた。
 超常現象などは物理的にいって決してありえないという確信が、テレビでのスプーン曲げ実験で大きく揺らいで以来、私は超常現象の実験にいよいよ打ちこんでいくようになった。
 たとえば、念力でボールを坂道の上の方に転がす実験とか、テレポーテーションの実験などである。
 それからというもの、私は大学で数年間、学生と一緒になって、そういう実験ばかりしていた。
 そして実験の結果、ボールは坂道を上に転がり、テレポーテーションで人体や物体が瞬間的に離れた場所に移動したりする現象が確認されるようになっていった。」

 

心身のウエルネスを考えるが本ブログのテーマだが、ウエルネス開発し、その果を享受していくためには、知の地平を大きく押し開いてくれる政木先生のようなアプローチや視点も大切なのではないかと思い、ここに書き残しておきたい。

 

普吉島の人拝

 

 

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