日月神社(にちげつじんじゃ)
創建当時(建長元年巳酉1249年)は御厨台にあり、大日霎貴命奉祀(おおひるめむちのみこと)を祭ったが、当時は、往古伊勢神宮の御料地であったことに由来する名が転化して今の操田台(くりただい)となった。
慶長元年(1596)月夜見命合祀(つきよみのみこと)を合祀して現在地に移り、神山を日居森、山麓鳥居前を日居口といったのが冷口(ひえぐち)となった。
慶安三年1650、本殿を造営、今の内殿がこれであり、降って文政八年(1825)社殿を再建した。
大正13年 山王社造営
昭和 8年 神輿・倉新築
〃 御遷宮式
昭和47年 御遷宮式
昭和58年 御遷宮式
これらのは文化12年乙亥(1816) 新田村名主 鶴岡弥次右衛門
神主 目良藤原忠義が中滝御役所に提出した文書の写しによる。
※いすみ市商工会より※

創建当時(建長元年巳酉1249年)は御厨台にあり、大日霎貴命奉祀(おおひるめむちのみこと)を祭ったが、当時は、往古伊勢神宮の御料地であったことに由来する名が転化して今の操田台(くりただい)となった。
慶長元年(1596)月夜見命合祀(つきよみのみこと)を合祀して現在地に移り、神山を日居森、山麓鳥居前を日居口といったのが冷口(ひえぐち)となった。
慶安三年1650、本殿を造営、今の内殿がこれであり、降って文政八年(1825)社殿を再建した。
大正13年 山王社造営
昭和 8年 神輿・倉新築
〃 御遷宮式
昭和47年 御遷宮式
昭和58年 御遷宮式
これらのは文化12年乙亥(1816) 新田村名主 鶴岡弥次右衛門
神主 目良藤原忠義が中滝御役所に提出した文書の写しによる。
※いすみ市商工会より※

”いすみ市商工会より”
社伝によれば、貞観年間(859-877)茨城県鹿島町の鹿島神社を分霊し、付近数ヶ村の鎮守として崇めてきた。
往時は神明台に在って、今の社地は当時の祭典場であったと言う。
昔から専属の神官及び称宣がおり、社地の傍に住み(現在上称宣という小字あり)、近くの龍泉寺が別当として加わり、常の奉仕も厳しく行われていた。
本社は、伊南十社の総社なり。
祭典には十社の神輿社前より舁出し小浜へ行く。
此の内もし一社横切になりたる時はその神輿の帰るまであとの神輿ひかえ居行儀正しと思えば他の神輿横切になる。
朝貝須賀を出、鹿島の神輿殿して日暮て漸く小浜に入る高張提灯数知れず云々。









