神社への参拝時に、神さまにお願い事を・・・。全てわかってらっしゃっている

神さまには、ただ感謝の念を祈る。御礼の念を送る。

神社参拝には感謝が重要であります。

鳥居に入る前にお辞儀をして入ると丁寧です。
足を揃えてお辞儀をしてから入ると、より丁寧です。
神社に参拝し願い事を神さまにお願いされる事もあると思いますが、神様は全てお見通しでわかっていらっしゃるので、いつも有難うございます。と参拝するのが本義のようです。

本居宣長いわく

 

龍樹霊狐(たつこだまきつね)などのたぐひも、すぐれてあやしきもの

・・・。よってカミになると続ける。

また、本居宣長は「古事記伝」(フルコトフミとも読む)で

「尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物」を迦微(カミ)と記す

 

 

神は、「普通ではないもの、優れた力を持っているもの、あるいは畏敬(いけい)の念を抱くもの」を意味します。 言い換えれば、神は人類の畏怖を喚起することができ、神秘的で超自然的な存在です。

 

 

畏怖とは、物事に恐れ、たじろぐこと、あるいは、偉大な人に対して畏まって敬うことなどを意味する言葉。「畏怖の念を抱く」などのように用いる。

神は、「普通ではないもの、優れた力を持っているもの、あるいは畏敬(いけい)の念を抱くもの」を意味します。 言い換えれば、神は人類の畏怖を喚起することができ、神秘的で超自然的な存在です。

 

 

畏れとは、慎むこと。謙虚な気持ちでいること。ひかえめにしていること。 

 

 

神は、「普通ではないもの、優れた力を持っているもの、あるいは畏敬(いけい)の念を抱くもの」を意味します。 言い換えれば、神は人類の畏怖を喚起することができ、神秘的で超自然的な存在です。


畏敬の念とは

畏れ(おそれ)て敬う心情のこと。「畏れる」はつつしみをもって相対する心情。主に神仏などに対して用いる。

日本と呼ばれる遥か前から、この地には

ヒトの及ばないチカラや現象を認識しており

それを後年、国学者の本居宣長このチカラをカミとし、

次のように記した 

 

神は、「普通ではないもの、優れた力を持っているもの、あるいは畏敬(いけい)の念を抱くもの」を意味します。 言い換えれば、神は人類の畏怖を喚起することができ、神秘的で超自然的な存在です。

 

続く