鑑定師の第三の眼

鑑定師の第三の眼

占いに興味はあるけど実際にお願いしたら何を言われるか怖くて躊躇している、ずっとわだかまっている心のモヤモヤをスッキリさせたい・・・そのような方の為に鑑定師:八咫が、読めば楽になれる心の眼の開き方をコッソリお教えいたします。

Amebaでブログを始めよう!
処女性・清浄性とは
新しいタロットカードを用いてリーディングする時、占い師は『清め』の儀式を行います。それは、意識を集中する前の準備であり、邪念を寄せつけない予防的措置であり、様々な見地から一つの行動を取る前の状態について、主体となる者の在り方が重要となる行いです。

力の顕在化に影響を与えるもの

わたしたちは神社仏閣に参拝する時、手を清めて、口を清めてと清浄性を保つ準備段階と共通の要素があるかと思います。世界各地の宗教、土着の信仰に見られる「儀式・儀礼の準備段階」においても、そのような処女性・清浄性を顕現させる意味が含まれているものと考えます。少なくともタロットや魔術と呼ばれているものについては、その主体となる者の精神状態によって、原因に対する結果が変わることは明らかです。

これはある意味で人間の潜在意識に訴えかける部分が大きく、その潜在意識の働きによって、力の顕在化に影響を与えるものです。例えば、あなたには明日から新しい職場で新しい仕事・環境・人間関係と接触する機会を控えているとします。そうした時、あなたは過去に良い思いをしなかった職場で使っていた物を、新しい職場へ持ち込みたいと思うでしょうか。現実主義者の方には、このような例え話は何の意味も無いと感じられるかもしれません。しかし、意識の切り替えという点において敏感な方、繊細な方は、何かしら新しいものを揃えてスタートへの準備をするかと思います。これは魔術的な思考で捉えるならば、処女性に近い要素であり、その職場で成すべきことに今までの負の影響を持ち込まない、悪いものに乗っ取られないための防衛手段的な意識の象徴と考えられます。

これから新天地へ向かう方へ
もし、あなたが何か新しい一歩を踏み出そうとされている時であれば、仕方なく使い古した物、負の影響や雑念を吸収していると感じられる物は、新しい環境では使用しない方がよいでしょう。その新天地で成功を望みたければ、真新しく清められたものを持ち込み、使ってみてはいかがでしょうか。

病気になったら離婚。
あまりにも痛ましいタイトルをつけてしまいましたが、実際のお悩みの内容を忠実に表しており、当事者の方がこれから先における闘病生活を乗り越えられるか、非常に心配になってしまいました。誰しも生涯に病気はするかと思います。その大小に関わらず、病気になって弱っている時というのは、気持ちの面でも不安定になりやすいものです。そんな時に、離婚を突きつけてくるお相手というのも・・・現実には存在するのですね。

さて、それではさっそくサンプルリーディングを交えて見ていきましょう。

相談者:M様(女性・兼業主婦・28歳)
状況:結婚5年目、子供なし、

夫:35歳(会社員)

相談要約:体調不良が続いた為、つい最近になって病院で診てもらったところ、婦人科系の病気であることが判明しました。お医者様からは腫瘍がある為に妊娠できるか分からないと説明され、その後にすぐ仕事も休むようにして治療に専念する準備を整えました。夫にもその事実を伝え、一緒に克服してくれるものと思ってました。しかし、夫は心の底では全くそのようなことは思ってなかったみたいです。先日、夫から私の病気について話があり、子供のできなかった原因や、この先のことを率直に言われました。子供ができなかった原因は私だけにあるかのような言い方で、私は仕事もあるし実家にも帰れるから、一人でも生きていけるだろ、病状が落ち着いたら離婚した方がいい。というような話で、本当にショックでした。夫とは普段は仲はいい方だと思っていたのに、急に本心をぶつけられた私としては心が折れるばかりで…。病気を患っている私のことに関しては何とも思ってないように感じてしまいました。精神的にも今までの人生の中でイチバン辛い状況におかれている気がします。

夫はいつかは子供ができるだろうと考えていたのだと思います。それがここにきて夫の考えがはっきりと分かってしまっただけに、私が子供を生まなければ一緒に生活している意味もないのかと。私は自分の病気のことで気持ちが張り裂けそうなのに、夫はしばらく別々に暮らしたいと言ってきました。私は入院や手術もあるし、これ以上、離婚のことなどについて先のことも考える余裕もないので、そうしたければそうしてくださいと言って、夫と別居中の状態です。夫がこんな人だとは思ってませんでした。私たちの結婚生活は一体なんだったのでしょうか。


コメント:まずは何よりもお体を大事にしてもらいたいと思います。心身ともに辛い状況が重なってしまい、それを思うと心が痛みます。ただ、こうした複合的な問題を一人で抱えるというのもM様の心身への負担は大きいかと思いますので、もし、M様の考えなりに許容できるのであれば、M様のご両親には打ち明けてもよいのかなと個人的には思います。

サンプルリーディング:さて、今回もワンカードでメッセージを読み取ってみました。結果は【女教皇】(正位置)と出ました。このカードは人生において、表面的なものごとの世界より、奥深い領域へと目を向けるように告げています。この奥深い領域というのはM様にとって、M様の人生そのものに対する自分の気持ちを示しているのでしょう。非常に抽象的ですが、M様の問題にあたっては、病気のことも当然ながら、今までに見せなかった旦那様の本心がM様の心の中でとても大きな痛みとなっているのかと思います。この旦那様が今のM様の人生において、どのような意味を持つのか、改めて見つめなおす時が来ていると言っても過言ではありません。かといって、いますぐにアクションを起こさなければいけない、ということを意味しているわけではありません。

今は、病気で気持ちも塞ぎこみ、近い将来のことについても考える余裕はないかと思います。お一人で過ごされている時間はとても辛いでしょうし、人生を見つめなおす時が来ているからといって 「はい、わかりました」と返せるほど、人生は単純ではないものと思います。女教皇のカードは22枚ある大アルカナと呼ばれているタロットカードの中で、女性性の元型を象徴する特殊なカードの一枚です(もう一枚は女帝)潜在意識の守り手とも受け取れる女教皇は、時に、沈黙を意味します。

混乱した心を静めて、起こったことに気持ちを開き、現実に近づく。こうした流れを作ることは現在のM様にとって大変に価値あることになると思います。M様ご自身が見えなかった現実をはっきりとさせ、忘れかけていた人生の価値を呼び覚ましてくれることでしょう。旦那様とのお話し合いはM様の病状・気持ちが落ち着き、沈黙から蘇るときに対応されることをお薦めしますが、どうしてもそういかない状況になってしまうことも可能性としてはあるかと思いますので、その時は、慌てずに毅然とした態度で臨んでほしいと思います。


静と動と申しましても、取り立てて難しいことを書くつもりは無く・・・日常のバランス感覚とでも言うのでしょうか、日本のストレス社会で麻痺してしまっている感覚の一つでもあるのかなと思います。極端な話、労働と生活というバランスを見てみます。就労している企業にもよりますが、ほぼ働き盛りの世代では24時間の内、労働時間の方が圧倒的に長いわけで、ストレスや疲労を回復させたり、気分をリフレッシュさせる時間は非常に短いのが実情ではないでしょうか。もっとも、仕事が楽しくて仕方ないという人もいらっしゃいますので、一概に全ての人が該当するとは言えませんね。お悩み相談を送られてくる人たちの中にも、いろいろと解決手段を試そうとしているものの、平日は時間が足りないといった方や、休みの日も家事や子どもの面倒をみる必要があるから、どうしていいか分からないという方がいらっしゃいます。日常生活で心身のバランスを保つということが難しい状況において、現実問題、どうにもできない時期というのは個人によってあるかと思います。そのような時は、何かに追われて、やるべきことだけをやって時間が過ぎていくという感覚に囚われやすく、気分も滅入りがちになってしまうでしょう。

LOKj.orgでは鑑定相談以外に、今の状態を分かってほしい、気持ちを共感してほしいというご依頼にも対応しております。特にこちらからはアドバイスなどを申し上げることはありません。普通のメールに少しだけ占い的見地からのお話も交えて、やりとりさせていただきます。精神的な休息、ストレスの解放、一時的な居場所としてご利用いただいても結構ですので、お気軽にご連絡ください。


鑑定依頼を受けていると、タロットだけでは判断できない時に、その方の人生の周期も合わせて観ることがあります。これは数秘術による算出なのですが、私が規定としているのは9年周期です。人生の周期を理解すると、自分の現在の状況を、九ヵ年計画の中で正しく評価し、忍耐と洞察力を持って人生を歩めるようになると言われています。・・・しかし、人の人生は複雑です。それほど単純な悩み事ばかりではありません。そもそも、スタート(生まれた時点)が種を撒く節目ではない場合だってあるのです。

鑑定してみた結果、その人にとって今年が既に第六年の節目にきていた場合、第六年の定義としては自分から周りに与える時とされている為、目指してきたものが具体的に何もない場合は解釈に行き詰る可能性もあります。実際に、その人の人生の背景というものが詳細に分からない場合も多々あります。しかし、最初の第一年で明確な目標やゴールを設定しなかった場合でも九ヵ年計画の各節目というのは十分に有意義な意味を含んでいるのです。つまり、九ヵ年計画は最初が肝心と思われがちですが、実際は節目として大事なことを忘れないように、自分の人生と向き合うアプローチの重要性を示しているのです。

例えば、先の例として今年が第六年の節目であるにもかかわらず、その第六年までに何も目指すものがなく人生を歩んできた人にとっては、分け与えると年と言われてもイマイチ理解できないでしょう。自分が種を撒いたものが無いのに、何をいったい分け与えるのだと思うのが普通です。このような場合は、状況にもよりますが次の九ヵ年計画に向けて設定したい(種を撒きたい)ものがあるならば、残りの節目を準備期間として向き合っていくことです。何も撒いた種は無くとも、収穫するものは無くとも、次に向けてよい土壌を作る準備として過ごしてみてはどうでしょうか。分け与えるものがないように思えても、次の第六年の節目はこうであってほしいと願う心が、何かしらのインスピレーションを与えてくれるはずです。これまでの歩みの中で人と分かち合いたいと素直に思えることに着手してもよいでしょう。今、持てるものを生かして、次の節目をよいものにすべく、優しさや、豊かさや、ユーモア、くつろげる時間、楽しい時間などを周囲と分かち合う。そういった発想で節目と向き合うと、将来のビジョンにもよい刺激を与えることができます。


さて、今回も重たいテーマをあえて書いてみることにしました。若輩者の私がこのようなテーマを取り扱うのは軽々しいと自覚しております。ただ、生きている年数によって、全ての経験値が計れるというのも、一つの先入観ではないかと思うのです。なので、占い師としての経験を基に書いてみようと思います。

現代は医療技術の発達によって、昔は治癒が困難だった病気さえも克服できるようになってきました。しかし、その病をきっかけとして共に苦しんだ心はどうでしょうか。肉体的に完治しても、人の心まで癒えるとは限りません。薬や治療を受けて症状は改善されても、心が病んだ状態というのは、矛盾を抱えて辛いものです。

病と向き合うのは、本人だけではありませんね。私は、その周囲にいる理解者とされる立場の人たちも、本人の心の声に耳を傾けてみることが大事だと思っています。病気といっても人によって千差万別、軽いものから重いものまで色々あります。ただ、症状の重さによらず、人の肉体は心によって制御されている部分が多いことを本人含め周りの人たちが理解して、受け入れていくことが必要ではないかと考えてます。勿論、繊細な問題を抱える病気に関しては、本人の意向を無視して、無理やり気持ちを聞きだすというのは良くないでしょう。

私は医療従事者ではないので、専門的な知識も無ければ、病状について診断したり、処方を薦める資格もありません。だからと言って、肉体と密接に関わる心の問題(悩みごと等)を独立したものと考えるのは違うように思えます。私が鑑定依頼のメールフォームに体調に関する欄を設けているのも、そのような考え方を取り入れているからです(人によってはプライバシーに深く関わる事柄ですので、依頼される方のお気持ちや考えに配慮して、記入欄は任意となっています)

相談メールをくださる方の中にも、健康と密接に結びつくお悩みを抱えている方がいらっしゃいます。学生さんや、社会人の方、立場は様々ですが、時には学校や職場を休まざるえない状況の方たちもいます。周囲からは「その病気で、それほど長く休む必要があるのか」など・・・心無い言葉を投げられたという、お悩みもありました。私はそれを読んで、とても虚しい気持ちになったものです。それと同時に、この現代社会が、人の肉体や健康に関していかに無頓着・軽薄であるかを、改めて思わされました。

病で弱っていて心身が辛い時、そのような心無い言葉を投げられたら、その人に、もし誰も支えてくれる人がいなかったら、心の痛みを聞いてくれる人、頼りになる人がいなかったら、どれだけ絶望的な気持ちになるでしょうか。

私たちが病と向き合う時、それは、一つの生命、一つの心と向き合っていることを忘れてはならないと思います。