日本には和をもって良しとする、重んじる風習があるためか


思ったこと感じたことをすぐに表現できない雰囲気って常にありましたし


場の空気を壊すような発言あった場合は少数派として、または子どもなどの弱い立場ならば


保護者も権力者と差し代わり、無言の圧力となって、社会では、多数派の針のむしろに座らされることにもなりかねません


それでも目覚め続けていた
または目覚め始めた人にとっては


真実の力で突っぱねながらも、どうしても圧力(ストレス刺激)による反応を起こしてしまい人知れず、辛い思いをしている人もたくさんいることでしょう


常識と言うものは、ひとつの物差しですが、時代や場所で変わる、常ならないものだと思います


話しは戻りますが、同じ価値観のレールに乗らなければ、昔で言う村八分(つまはじき)というやつです


親、親族、世間様、どこを通ってゆくにも同じことが起きています


もちろん礼と義、洗練された和の文化はとても奥ゆかしく、他の国に真似の出来ないものばかり


日本は素晴らしい国です


でもこれからは少し違ってくると思います


何であれ、無意識に押し込めないことが必要になってきます


なぜなら


これからはあなたの思ったことが素早く外の世界に実現されるようになるからです


物理的に見ても、たまったものは掃除しなければいつか詰まりますし現実の世界(心身)に浮上してくるのです


自分のありのままのクリエイティブな感性を外に表現せずに押し込めたとき


微かな怒りがあなたの身体にのこります


それは潜在意識として蓄積し、創造されてゆき、良いも悪いもあなたや周囲に影響を及ぼしたりします


病気や痛み歪んだモノの見方を持つこころへと、ゆっくり作用して変わってゆきます


それは外壁のひび割れのように、経過が全く目には見えないものですし、こころの傷の化膿もこれと同じです


お医者様でも見えはしないのですね


自分を表現し穏やかに伝えあってゆくことは悪いことではないはずです


それを理解出来てこそ、相手も自分と同じように、痛みや苦しみを感じる一人の人間として、尊重してゆけるし


違いはユニークさとして互いに歩み寄り、思いやりをもって譲り合う必要性を、ひとりひとりが感じてゆくことで


やがて大きな平和へと繋がることではないかと


私は信じています


例えそれが和の空気を破る

NO!であったとしても


昔見た黒沢監督作品
『七人の侍』より


『自分を守れない奴は他人も守れない』


このセリフ、私も同感です










読んでくれまして
感謝!