人に何か大切なことを伝えるとき、

 

僕は結構断定的なものの言い方をします。

 

それは癖のようなものなので、

 

自分では意識していないのですが、

 

絶対的確信があるとき

 

そういう言い方をついしてしまうようです。

 

人によっては「高圧的」に感じられるかもしれませんが。(汗)

 

 

 

 

 

少なくとも体験的確信があるからこそ

 

そういう物言いになっているのだと付け加えておきます。

 

 

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何にせよ人からの情報とはそういうもので、

 

何を判断基準にするのがベストかといえば、

 

自分で体験して、自分で感じるしか術はありません。

 

 

 

 

 

どんな良い話も結局はその発信者の主観であって、

 

参考にするにせよ、最後は自ら体感しない限りわかりません。

 

それゆえに体験前に重要なことが、その発信者を信じられるかどうか。

 

 

 

 

 

人間にとって信じること、純粋に信じられることはどれほど幸せなことか。

 

そんなことを思う秋分の夜。

 

今日は5回目のクッキングクラスでした。

 

例によってとても濃厚な一日。

 

ありがとうございます。

 

 



 

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引用元:純粋に信じられることはどれほど幸せなことか