選択の基準をどこに(何に)置くか。
実に手強い問題です。
ポイントは、私心か公心か。
あるいは、時間と空間を超えたものかどうか。
究極自分のことしか考えない人を、
超「我に入った」人と僕は定義します。
我に入った人は、視野が狭く、視座が実に低い。
沸点が低い分、
吃驚するような些細なことで切れてしまいます。
そして、人の心がまったく読めない。
大事なことは目先にとらわれないことだと思います。
相田みつをさんの「命のバトン」ではないですが、
過去無量の、そして未来永劫の意識を拓き、
あらゆる人物事に感謝し、謙虚であることが
やっぱりよく生きるコツなのだと思うのです。
しかし、そんなことがわかるようなら
超「我に入る」ことにはならないんですがね(笑)。
人間一人一人課題は異なります。
他人の課題には口出しするなとアドラーも言います。
比較すべきは昨日の自分。
今日も素敵な時間が流れます。
ありがとうございます。
※ブレーキパッドを交換し、タイヤも新しくしたお陰で、乗り心地が良くなりましたよ。
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★第95期東京コース:2021年7月17日(土)&18日(日)
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☆第14期東京コース:未定
引用元:選択の基準をどこに(何に)置くか
