選択の基準をどこに(何に)置くか。

 

実に手強い問題です。

 

 

 

 

 

ポイントは、私心か公心か。

 

あるいは、時間と空間を超えたものかどうか。

 

 

 

 

 

究極自分のことしか考えない人を、

 

超「我に入った」人と僕は定義します。

 

我に入った人は、視野が狭く、視座が実に低い。

 

沸点が低い分、

 

吃驚するような些細なことで切れてしまいます。

 

そして、人の心がまったく読めない。

 

 

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大事なことは目先にとらわれないことだと思います。

 

相田みつをさんの「命のバトン」ではないですが、

 

過去無量の、そして未来永劫の意識を拓き、

 

あらゆる人物事に感謝し、謙虚であることが

 

やっぱりよく生きるコツなのだと思うのです。

 

 

 

 

 

しかし、そんなことがわかるようなら

 

超「我に入る」ことにはならないんですがね(笑)。

 

 

 

 

 

人間一人一人課題は異なります。

 

他人の課題には口出しするなとアドラーも言います。

 

比較すべきは昨日の自分。

 

 

 

 

 

今日も素敵な時間が流れます。

 

ありがとうございます。

 

※ブレーキパッドを交換し、タイヤも新しくしたお陰で、乗り心地が良くなりましたよ。

 

 

 

 

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引用元:選択の基準をどこに(何に)置くか