ロジカルで合理的。

 

特にビジネスにおいては

 

重要な要素だと思われがち。

 

しかしながら、ロジカルも合理的も

 

いわば「直線的」思考で、

 

自然という観点からは外れています。

自然はもっと大らかで、

 

すべてが連関の中にあり、

 

「曲線的」なものです。

そういう仕組みの中にあって、

 

僕たち人間が

 

持って生まれた能力を発揮するには

 

時には非合理や矛盾、朝令暮改も

 

許されるものなのではないかと

 

僕は思います。
 

 

 

擬 MODOKI: 「世」あるいは別様の可能性
松岡 正剛
春秋社
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松岡正剛さんが

 

「擬MODOKI」の中で

 

次のように書いておられました。
 

 


世の中ではちぐはぐなことは、たいてい咎められてきた。変なことは嫌われる。「つもり」と「ほんと」の辻褄が合わないことも避けられる。発言や行動がちぐはぐで辻褄が合わなければ、信用されないか、疑われるか、相手にされないのがオチだ。
なぜ変やちぐはぐが責められるのかといえば、答はかんたんだ。現代社会というものが首尾一貫を求めるようにできているからである。政治や法律や教育や会計は、とくにそうできている。たえず一貫性と整合性を重視する。コンシステンシー(consistency)が求められてきた。

松岡正剛「擬MODOKI—『世』あるいは別様の可能性」(春秋社)P4
 

 


社会がどんな場面に対しても首尾一貫を求めるのは、押し付けである。
機械がコンシステントに仕上がっていても、複数の機械をどのように作動させるかは人知の判断によるし、たとえ契約の部分部分に整合性があったとしても、それをどのように組み合わせて履行するかは人知の判断による。・・・(中略)・・・
社会にはいろいろ継ぎ目があって、この継ぎ目にかかわるところには人知をめぐる「ゆるみ」というものがあり、手続きの「ぐあい」というものがある。

~同上書P5-6
 

 


特に、組織の人間関係においては

 

まさにこの「ゆるみ」や「ぐあい」を使い分ける

 

臨機応変さというか、不真面目さというか、

 

「ま、いっか」というアバウトさが必要なのだと思います。
 

 

 


さて、昨日は第84期ZEROの理論コースでした。

 

深くやり取りができ、

 

気づきの多い時間だったと思います。
 

 


「私自身が何者で、どんな思考グセがあるのか」、これを考えるヒントがたくさんありました。すごく安心したことは「すべて自分のせい」ではなく、イマあるものはそれはそれで受け入れ、で、どうするか?を考えれば良いのだと感じました。短期的な私のマイナスばかりに目が行き、何を求めているのかに向き合えました。
 

 


世界は時間と空間で成っており、

 

その中に僕たちがいるのだということを客観視すれば

 

何をどうすれば良いのかは、自ずとわかります。

 

少なくとも自身のOS(オペレーションシステム)

 

にインストールされたものが何であるのかを

 

幼少の環境や親との関係からひも解いていけば明快でしょう。

 

あとは具体的な、実際的な行動ですね。

ありがとうございます。
 

 

 

 

 

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