臨機応変にあることが大切だと思います。

 

要は、その場に抗わず、

 

流れに沿って進む、あるいは進めるということです。
 

 

※一昨日、Sofa Foods主催ベジマイスターマスターでいただいたデザート。

 


松岡正剛さんが、「擬MODOKI」の、

 

「別様のあとがき」の中で次のように書かれています。

 

 


ぼくが考えている「擬」とい見方は、ボードリヤールのシミュラークルではないし、従来のシステムに代わるアナザーシステムでもない。本物があって擬物があるのではなく、「ほんと」と「つもり」がまじった状態でしか世界や世間は捉えられないという見方だ。すべては内属しつつ外包されているからだ。
松岡正剛「擬MODOKI—『世』あるいは別様の可能性」(春秋社)P277

 

 


すべてがつながりの中にあるのに、

 

すべてを人間が都合良く記号化したお陰で

 

そのことを忘れ、

 

すべてを合理で片づけようとする不合理が

 

あらゆる問題の源なのだろうと思います。

 

「曖昧」であることは

 

精神の安定にとってとても大切なことだと心から思うのです。
 

 

 

 


そして松岡さんは次のように書きます。

 

 


そもそもたいていの現象や事態にはシステミック・リスクや冗長度が含まれる。現象や事態の奥を探ろうとしても、このリスクやゆらぎやノイズは排除できない。それらは「そこ」に向かうにつれて発現してくるからだ。そこでやむなく要素に分解するか、確率分布によって統計的処理をするのだが、これではまじりっけを捨象してしまう。近似を求めるには修正が必要になるか、平均値や標準値を世の中にばらまくことになる。これはつまらない。
~同上書P278

 

 


現代社会の行き詰まりの原因を

 

見事に視点を転換し、

 

これほどまで適切に読み解く松岡さんはすごいなと僕はいつも思います。

何事も記号化することは、

 

それによって共通認識が可能になるので、

 

便利なことには違いありません。

 

しかし、そこに縛られてしまうと、

 

事態は一変に硬直してしまい、

 

本来あるべきゆらぎやのりしろまでもが不要なもの扱いされ、

 

不都合が起こるのでしょう。

 

そして、その不都合を隠すために

 

上辺を嘘で塗り固める。

 

さらに、その嘘を隠すためにさらに嘘を上塗りする。

それが、自然ではない、人の世の法則だったのでしょう。

 

世界は大きく変わっています。

 

物事の根っこを見極める直観が大事だとあらためて思います。

 

 

 

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